狂気を孕む誠実さ – ファッションの存在価値を拡張した McQueen の問いかけ
アウトプットは衣服だけでなく、独創的なショーパフォーマンスなどを通して、アート的な側面からもファッションの存在価値を拡張した。
あらゆるブランドが存在価値を問われる現代において、新世代のデザイナーやファッションフリークを刺激し続けている<McQueen(マックイーン)>の哲学を見つめ直すことが未来への手がかりになると感じ、改めてコレクションの歴史を紐解くことにした。
リー・アレキサンダー・マックイーンの問いを象徴的なコレクションから紐解く
<McQueen>は社会的・政治的メッセージを込めたコレクションを数多く発表した。そのメッセージは常に誠実だった。本当の“美しさ”とはなにかを問い、そのために必要とあらば、我々に“見たくないものまで見せよう”と迫る。
1995年秋冬「Highland Rape(ハイランド・レイプ)」
イギリスによるスコットランド侵略と女性の受難をテーマに、女性が受ける社会的な抑圧や暴力へ問題提起した。破れたドレスや血を思わせる赤い生地、ボロボロのタータンチェックを纏った女性モデルはまるで被害を受けたような姿で、抑圧や暴力、それに対しての抵抗を表現した。
1999年春夏「No.13(ナンバー13)」
テクノロジーと人間の関係性をテーマに、ファッションが単なる商品ではなくアートであることを強調。ショーのラストでは、モデルのシャロム・ハーロウが白いドレスを着て回転台に立ち、ロボットアームがドレスにペイントを吹き付けるという演出を行った。
2001年春夏「VOSS(ヴォス)」
社会が決める“美”とは何か、もしくは“正常”とはなにかを問う。モデルたちは病室に見立てられたガラス張りの部屋に閉じ込められ、観客はその外側からショーを見守る。ガラスの部屋のモデルは苦しんでいるように振る舞い、異常な雰囲気を醸し出す。ショーの終盤で部屋の中央が開き、顔を布で覆われたミッチェル・オリーが大量の蛾とともに現れる。
2006年秋冬「The Widows of Culloden(カロデンの未亡人)」
イギリスとの戦争で敗れたスコットランド兵士の未亡人たちをテーマに、スコットランドの歴史や伝統を称えながらも歴史の悲劇を表現。コレクションには伝統的なスコットランドのタータンチェックやヴィクトリア朝の喪服スタイルを取り入れた。ホログラムのケイト・モスが亡霊のように舞う幻想的な演出がショーのラストを飾る。
2010年秋冬「Plato’s Atlantis(プラトンのアトランティス)」
リー・アレキサンダー・マックイーンの最後のコレクション。地球温暖化への警鐘として「人類は海中に適応する存在になるのか」をテーマに、モデルはまるで「未来の生命体」のようなフォルムで、進化した人類が表現された。伝説的な「アルマジロブーツ」も登場。
<McQueen>のコレクションやショーは度々のように物議を醸したが、歴史や政治、社会の価値観、環境や未来といった壮大かつ本質的なテーマから目を背けることなくメッセージを発信し続けてきた。狂気的ともいえる誠実さと芸術へ昇華する圧倒的な感性、サヴィル・ロウ仕込みの技術力の融合こそが<McQueen>を創り上げた。
このブランドの衣服を纏うということは、いまを生きていくための強さを与えてくれる。
その意思は、ショーン・マクギアーによって現代に確実に受け継がれている。
リーの意思を受け継ぎ、新たな創造に挑むショーン・マクギアー
2023年12月、<McQueen>の新たなクリエイティブ・ディレクターとしてショーン・マクギアーが就任。リー・アレキサンダー・マックイーンの哲学や美学を継承しつつ、現代的な感性を取り入れた<McQueen>の新時代の幕が開けた。自他共に認めるリー信者であるショーン・マクギアーは<McQueen>の本質をキャッチーな大衆性、実用性へと変換して消費者に届けるための術を知っている。
ショーンによる初コレクション – 2024年秋冬コレクション –
1995年春夏のコレクション「The Birds」をインスピレーション源にしたショーンの初コレクションは、リーと対話しながらも自身のアイデンティティを示し、<McQueen>の新時代を感じさせた。
「今の世界はあまりにも礼儀正しい。だからこそ、私は“アンチ・ポライトネス”に惹かれる」
とショーンが語っていた通り、現代社会が“過度に均質であり、過度にクリーンである” ことに問題提起をしたコレクションだった。モデルたちの威圧的に歩く姿にもコレクションの思想が投影され、馬の尾やひづめを思わせるブーツやシアリングを大胆に使った造形は動物的本能を呼び起こさせる。さらに、ロープで身体を締め上げるようなディテールからは、抑圧された現代社会への抵抗を思わせる。
彼もリー同様に社会問題に対し反発し、ショーンならではのアウトプットを創り上げたのである。
McQueen 2024AW COLLECTION RUNWAY
伝統を現代につなぐ、ショーンの意思 – 2025年春夏コレクション –
ショーンの2度目となるコレクションは、リーのセカンドコレクション1994年秋冬「Banshee(バンシー)」をインスピレーション源に、自身のルーツを重ね現代的に解釈した。
感情豊かで率直な人物という概念「バンシー」は、自己実現に向けた現代的“生き方”を提示しているようだった。多くの人が拠り所を見つけることが難しくなった現代において、自身の感情や感性を導き手にすることが必要なのだと思う。
そして、名作「バムスター」をアレンジしたパンツやスカート、数多く発表されたイブニングドレスを象徴としたコレクションは、アートや音楽に裏打ちされたショーンの感性、テーラリングの技術力によって伝統が昇華され、<McQueen>の古参のファンや批評家への反骨精神をも感じさせた。
<McQueen>の伝統的エネルギーやエッジィさが、若いエネルギーを引き金に現代へとつながれたのだ。
McQueen 2025SS COLLECTION RUNWAY MOVIE
McQueen 2025SS COLLECTION RUNWAY
「不快」と「タブー」を通して“美の本質”に迫ってきたキャンペーンビジュアル
強烈なインパクトを感じた2025春夏のキャンペーンビジュアル。清潔で高級感のある新アイコンのバッグやシューズと、生理的に不快だと感じる生物との対比が描かれたビジュアルは、<McQueen>らしい問いをストレートに感じるものであった。「本当に醜いものは虫なのか?それとも“醜いと感じる感覚”そのものか?」、「社会が規定する美とは何か?」を訴えかけているようだった。
クラフトマンシップが脈々と受け継がれていることを示す「T-BAR」
1995年春夏コレクション「The Birds」で登場した彫刻的なネックレスをインスピレーション源にした「T-BAR」。<McQueen>の過去と未来をつなぐ新アイコンはブランドのクラフトマンシップの表現に加え、ショーンの美学が示されている。構築的かつクリーン、ターゲットを問わずユーザブルであり<McQueen>に新たなファンをもたらすに違いない。
誠実に“美”を追求する。
それは、プロダクトだけではなく、生き様そのものだ。
ともすれば、狂気的だと思われるような愚直な問題提起と芸術的な表現こそが、<McQueen>たる所以だと思う。
「ファッションは少し歪んでいても、人々をインスパイアするものであるべきだ」
と語り、ブランドを根本から継承するショーンは、これからも<McQueen>らしく、“美しき問い”を我々に投げかけてくれるだろう。
- Text : Shun Okabe(QUI)
- Edit : Yukako Musha(QUI)