“ルーシー・リーらしさ”は、どう生まれたのか — 「ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわ―」レポート
東京都庭園美術館で開催中の「ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわ―」は、ウィーン時代の初期作から、ロンドンへの亡命後に手がけた陶製ボタン、バーナード・リーチやハンス・コパーとの関わり、東洋陶磁との接点までをたどる展覧会だ。
会場を進むうちに、完成された作風として見ていたリーの器にも、いくつもの変化があったことに気づく。ウィーンからロンドンへ移り、異なる人や陶芸観に触れながら、リーは自分の方法を探り続けた。現在「ルーシー・リーらしさ」として知られる色や形も、そうした過程から生まれたものだ。
ウィーン時代の作品と造形の変化
会場に入ると、大広間の中央に《青釉鉢》が置かれている。鮮やかな青と、薄く外へ開いた端正な形。

ルーシー・リー《青釉鉢》 1980年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託) 撮影:品野 塁
ここから展示は、リーが制作を始めたウィーン時代へと遡る。1902年にウィーンで生まれたリーは、ウィーン工芸美術学校でミヒャエル・ポヴォルニーに陶芸を学んだ。
19歳で出会ったろくろは、その後のリーの制作を生涯にわたって支える造形の核となった。ろくろで器の形をつくり、その回転を利用して釉薬を施し、表面に線を刻んだ。後年の鉢に施された円環状の文様も、ろくろの動きと深く結びついている。会場で流れる映像のなかで、リーは「ろくろを回しながら死んでいきたい」と語っている。

撮影:黒目写真館 画像提供:東京都庭園美術館
当時のウィーンでは、建築や家具、衣服、日用品を分けず、生活全体をデザインする考え方が広がっていた。会場には、ヨーゼフ・ホフマンや上野リチ・リックスら、同時代のウィーンで活動した作家の作品も並ぶ。形、色、模様を切り離さずに考える当時のデザイン感覚は、リーの器にも通じている。

ルーシー・リー《鉢》1926年頃 個人蔵 撮影:野村知也
ウィーン時代の作品は一様ではない。1926年頃の《鉢》は、鮮やかな色彩と、花びらを思わせる薄い口縁が印象的で、後年のリーをどこか予感させる。
一方、1930年代の《深鉢》や《皿》は、厚みと量感を備えた、重厚で力強い造形だ。1926年頃の《鉢》にあった鮮やかな色彩や薄い口縁から、一度別の方向へ進んだようにも映る。同時期の《白釉カップ》の表面には、後年の作品にもつながるピンホールがすでに現れている。
リーは、一般には素焼きの後に施す釉薬を、まだ焼いていない素地にかけ、一度で焼き上げる方法をウィーン時代から試みていた。素地と釉薬を同時に焼くこの制作方法は、器の表面に現れる斑点や穴、釉薬の質感を考える手掛かりにもなる。
ロンドンへの亡命と陶製ボタン
ユダヤ系の家庭に生まれたリーは、1938年、ナチスによる迫害を逃れてウィーンを離れ、ロンドンへ亡命した。

撮影:黒目写真館 画像提供:東京都庭園美術館

ルーシー・リー《ボタン》(一部) 1940-50年代 公益財団法人岡田文化財団パラミタミュージアム蔵
1940年代、戦時下で作陶を続けることが難しくなるなか、リーは生計を支えるため、服飾用の陶製ボタンを手がけた。
当初は一つずつ手作業でつくっていたが、需要の高まりに伴い、石膏型を用いた量産へと移行した。スタッフが型に粘土を詰め、リーが釉薬を施す分業も取り入れられた。
会場に並ぶボタンは、色も模様も実にさまざまだ。表面が滑らかなものもあれば、細かな凹凸をつけたものもある。リーは依頼主から渡された生地見本に合わせ、短期間で釉薬を調合したという。器で培った釉薬の知識が、服飾の仕事にも生かされている。
リーはボタンのほか、ブレスレットやネックレスなどの装身具も手がけながら、作陶を続けた。
異なる陶芸観との出会い
ロンドンで制作を続けるなか、リーは、イギリス陶芸を代表するバーナード・リーチと出会った。日本や中国、朝鮮の陶磁器に学び、東洋と西洋の陶芸を結びつけようとしたリーチは、当時のイギリス陶芸界に大きな影響を与えていた。
リーチは当初、リーがウィーンから持参した器を「釉薬が厚すぎる」「器体が薄すぎる」「人間味がない」と厳しく評したという。重厚で素朴な器を重んじる立場からすれば、薄く端正に仕上げられたリーの器は、理想とする陶芸から大きく離れていた。
リーも一時はリーチの作風に近づこうとした。しかし、やがて自らが培ってきた釉薬や制作方法へ戻っていく。当初批判された器体の薄さは、小さな高台とともに、のちにリーの器を代表する造形となった。
会場には、リーチや濱田庄司をはじめ、東洋陶磁と深く関わる作家たちの作品も並ぶ。量感のある土と、大胆な絵付けや掻き落とし。その近くでリーの器を見ると、薄く引き締まった輪郭と、形に沿って巡る細い線がいっそう際立つ。
1952年にイギリスで開かれたダーティントン国際工芸家会議には、日本から柳宗悦と濱田が招かれ、リーも二人と交流を深めた。とはいえ、リーの器がリーチや濱田と同じ方向へ向かったわけではない。その後もリーは、薄い器体と電気窯による焼成を続け、色彩とフォルムの関係を探っていく。
ハンス・コパーとの関係も、本展では紹介されている。陶芸の経験がなかったコパーは、リーの工房で陶製ボタンの制作を手伝いながら技術を身につけた。コパーの存在は、リーがロンドンで作陶を続けるうえでの支えにもなった。

ルーシー・リー《コーヒー・セット》1960年頃 国立工芸館蔵 撮影:エス・アンド・ティ フォト

撮影:黒目写真館 画像提供:東京都庭園美術館
二人はテーブルウェアを共同で制作しており、会場には共作の《コーヒーセット》や《カップ》のほか、リー単独の《コーヒー・セット》も並ぶ。その後、コパーは彫刻的な造形へ向かい、リーは色彩や線、釉薬とフォルムを一体化させた器を追求していった。
色と線、釉薬がつくる表情
1970年代以降になると、薄い器体が口縁に向かって大きく開き、小さく引き締まった高台を備えた形が、リーの鉢の基本となっていく。鮮やかな釉薬や、器面を走る細い線も、この時期の作品を印象づける。

ルーシー・リー《熔岩釉鉢》1980年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託) 撮影:品野 塁
ピンクやブルーなどの鮮やかな色彩をまとった作品とともに、釉薬の質感を前面に生かした器も並ぶ。《熔岩釉鉢》では、釉薬の発泡によって生まれた穴や細かな凹凸が器面を覆っている。一般には欠点とされることもある現象が、ここでは器の表情になっている。鉢の輪郭は薄く滑らかなのに、表面は岩肌のように粗く、その対照が際立っている。

ルーシー・リー《ピンク象嵌小鉢》1975-79年頃 国立工芸館蔵 撮影:アローアートワークス
掻き落としや象嵌によって施された線は、リーの器に繰り返し登場する。鉢の広がりや丸みに沿って線が走り、器の形をよりはっきりと見せている。
この線文には、古代の土器との出会いが関わっている。リーはイギリスのエイヴベリーで、鳥の骨を使って線を刻んだ青銅器時代の土器を目にした。その装飾が、金属の針で器面を引っかく掻き落としや、刻んだ線に異なる色を入れる象嵌のヒントになった。

ルーシー・リー《白釉ピンク線文鉢》1984年頃 井内コレクション(国立工芸館寄託) 撮影:野村知也
なかでも印象に残ったのが、《白釉ピンク線文鉢》と《白釉青線象嵌鉢》だ。白釉を基調とした静かな器の内側に、ピンクや青の二重線による円がいくつも配されている。円の大きさはそれぞれ異なり、視線を移すたびに、白い器面にゆるやかな動きが生まれる。
三宅一生と日本での広がり
日本でリーの仕事が広く知られるきっかけをつくったのが、三宅一生だった。1989年、三宅の企画による「現代イギリス陶芸家 ルゥーシー・リィー展」が草月会館で開催された。会場設計は安藤忠雄、グラフィックは亀倉雄策、写真は石元泰博。陶芸展の枠を越えた顔ぶれだった。
同年、ISSEY MIYAKEの1989–90年秋冬コレクションでは、リーの陶製ボタンを用いた服も発表された。戦時下につくられた小さなボタンが、半世紀近くを経て再び衣服の一部となった。
その後、2010年、2015年にも大規模な回顧展が開かれた。本展は、国内では約10年ぶりとなる回顧展だ。
華やかな色彩、その先に見えるもの
東京都庭園美術館の本館は、1933年に朝香宮家の自邸として建てられたアール・デコスタイルの建築だ。大広間には、既存の建築に合わせ、本展のために深みのある暖色の曲面壁が設けられている。縦長のアーチ形の開口部の中央に《青釉鉢》が置かれ、鮮やかな青が周囲の暖かな色調から浮かび上がる。鉢の円形は、丸い展示台や天井照明の形とも重なる。

撮影:黒目写真館 画像提供:東京都庭園美術館
展示をたどったあとでは、華やかな色彩や洗練された形の印象も少し変わる。そこに至るまでには、いくつもの試みがあった。
リーチに批判された器体の薄さは、やがてリーの作品を特徴づけるものになった。古代の土器に刻まれた線や、釉薬に生じる穴や凹凸も、自らの表現に取り入れている。そうした過程を知ったあとでは、大広間の《青釉鉢》も、最初とは少し違って見えてくる。
開催情報
ルーシー・リー展―東西をつなぐ優美のうつわ―
会期:2026年7月4日(土)-9月13日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館+新館)
住所:東京都港区白金台5-21-9
開館時間:10:00-18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日
観覧料:一般 1,400円(1,120円)/大学生(専修・各種専門学校含む)1,120円(890円)/高校生・65歳以上 700円(560円)
※本展は日時指定予約制。
※中学生以下無料。
※()内は20名以上の団体料金、事前申請が必要。
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳を持参の方とその介護者2名は無料(ミライロID含む)。
主催:東京都庭園美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京新聞
企画協力:国立工芸館
特別協力:井内コレクション、京都国立近代美術館
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
ウェブサイト:www.teien-art-museum.ne.jp
Instagram:@teienartmuseum
X:@teienartmuseum
- Text&Edit : Y.O(QUI)