教育、クラフト、コミュニティがつながる「Fashion in Helsinki 2026」現地レポート
「Fashion in Helsinki」は、フィンランドの若手デザイナーやブランドを世界へ発信するプラットフォームとして成長を続けている。フィンランドはこれまで<Marimekko(マリメッコ)>や<Kalevala(カレワラ)>に代表される優れたデザイン文化を育んできたが、近年はAalto University(アアルト大学)を中心に新たな才能が次々と登場し、ファッションの分野でも国際的な注目を集めている。
今回QUIは現地で4日間にわたり取材を実施した。イベントを通して見えたのは、ファッションを教育やクラフト、コミュニティと結びついた文化として捉える姿勢だった。
森と海から始まった「Fashion in Helsinki」
到着初日、まず向かったのはヘルシンキ郊外の「Hanaholmen(ハナホルメン)」。フィンランドとスウェーデンの文化交流拠点として知られるこの施設で、ウェルカムディナーに参加した。窓の外には群島の風景が広がり、参加者たちは国籍や肩書きを超えて同じテーブルを囲み、ファッションだけでなく文化や暮らしについて語り合った。その距離感の近さは、このイベント全体を象徴しているようにも感じた。
夜はセウラサーリ島へ移動。フィンランド各地の歴史的建築を移築・保存する野外博物館を舞台に、「Fashion in Helsinki」のオープニングプレゼンテーションが行われた。21時近くになっても空は明るく、白夜の柔らかな光に包まれながら、10組の若手デザイナーたちが作品を発表した。歴史的建築と現代ファッション、自然とクリエイション。その組み合わせは非常にフィンランドらしさを感じ、ショーというより文化体験に近い時間を過ごした。
新世代デザイナーたちが描く未来
初日の午後はフィンランドの新世代デザイナーたちを訪問した。<Paloceras(パロセラス)>では神話的な世界観とデジタルカルチャーが融合したアイウェアを体験。画面越しに世界中へ拡散される時代だからこそ生まれる新しいラグジュアリーの形を感じた。
INTERVIEW|Paloceras 共同経営者兼クリエイティブディレクター ミカ・マティカイネン
「常識を超えるフォルムを追求する」
—まずブランドについて教えてください。
ミカ「<Paloceras>はヘルシンキを拠点とする独立系アイウェアブランドです。神話や彫刻、そして非凡なものへの探求を出発点に、“ファンタジー・アイウェア”をデザインしています。アイウェアの機能性とオブジェクトとしての存在感を両立させることを大切にしています。」
—今回の『Fashion in Helsinki』で伝えたかったことは?
ミカ「私たちは長く愛されるタイムレスなプロダクトを目指しています。今回のプレゼンテーションでは、ブランドの世界観を構成する二つの軸を紹介しました。一つは彫刻的なフォルムを特徴とする『Pebble』シリーズ、もう一つはヘルシンキの実験的な生産ラボ『MicroFactory』です。デザインから生産までを通じて、<Paloceras>らしい表現の広がりを伝えたいと考えました。」
—クリエーションにおいて大切にしていることは?
ミカ「私たちは独自のフォルムを追求し続けています。『Pebble』シリーズも、当初の構想を実現するために最適な技術やパートナーを探しながら完成させました。伝統的なアイウェア製造への敬意を持ちなら、新素材や3Dプリント技術も積極的に取り入れています。その融合によって、アイウェアデザインの新しい可能性を切り開きたいと考えています。」
※日本での取り扱い:Oh My Glasses TOKYO 銀座店
続いて訪れた<Sofia Ilmonen(ソフィア イルモネン)>。ボタンとループによって無限に形を変化させるモジュラーウェアは、サイズという概念を再定義しているようだった。サステナビリティを、環境配慮とは異なり、「長く愛用される仕組み」としてデザインしている点も印象的だった。
INTERVIEW|Sofia Ilmonen デザイナー ソフィア・イルモネン
「服が人に合わせるべき」
—まずブランドについて教えてください。
ソフィア「私のブランドは『人が服に合わせるのではなく、服が人に合わせるべきだ』という考え方を軸にしています。モジュール式のデザインシステムによって、服は修理やアップデート、形の変化が可能です。流行のためではなく、着る人とともに成長していく服を作りたいと考えています。」
—今回発表したコレクション『Paeonia』の着想源は?
ソフィア「家族の中で代々受け継がれてきた芍薬の花から着想を得ました。私にとって芍薬は、継承されながらも変化し続ける存在の象徴です。特に興味を惹かれたのは、短い開花期間と地中に残る力強い根との対比でした。花は儚い存在ですが、根は毎年新しい花を咲かせます。その考え方を服づくりにも重ねています。」
—クリエーションにおいて大切にしていることは?
ソフィア「イノベーションと伝統的な職人技の両立です。私はクチュールやラグジュアリーアトリエで経験を積み、<Alexander McQueen(アレキサンダー マックイーン)>の制作にも携わりました。新しいモジュールシステムを開発する際も、その根底には常にクラフツマンシップがあります。サステナビリティは素材だけでなく、長く使い続けられる知的なデザインによっても実現できると考えています。」
夕方には<VAIN(ヴェイン)>のスタジオへ。<VAIN>は、アーティスト兼クリエイティブ ディレクターのジミ・ヴェイン(Jimi Vain)とCEOのローペ・レイノラ(Roope Reinola)によって設立されたヘルシンキのファッションブランドで、日本のセレクトショップ「NUBIAN(ヌビアン)」でも取り扱いがあり、日本国内での注目度も窺える。会場には、若い来場者たちが集まり、ブランドというよりコミュニティに近い熱量を感じた。アップサイクルやデッドストック素材を活用しながら、愛や孤独、人とのつながりといったテーマを現代的な視点で表現する姿勢に、多くの共感が集まっていた。
INTERVIEW|VAIN クリエイティブ ディレクター ジミ・ヴェイン
「まるで自分たちの家に招くような感覚」
—「Fashion in Helsinki」で作品を発表することは、あなたにとってどのような意味がありますか?
ジミ「『Fashion in Helsinki』は、ファッション業界の人々が集まり、コミュニティを感じられる特別な場所です。今年は私たちが一年の大半を過ごしているスタジオにゲストを招きました。リラックスした雰囲気でありながら、とても親密な空間にしたかったんです。まるで自分たちの家に人を招くような感覚を大切にしました。」
—日本のファッションシーンにはどのような印象を持っていますか?
ジミ「日本は昔から私にとって特別な存在です。『ドラゴンボール』の漫画を読んで文字を覚えたほどですし、10代の頃から日本人デザイナーの服を集めてきました。日本のファッションシーンが豊かな理由の一つは、衣服に対する長い歴史と文化があり、その結果として素晴らしいヴィンテージカルチャーが根付いていることだと思います。日本を訪れるたびに、本や洋服、フィギュアなど、必ず何か特別なものを見つけます。私たちにとって本当に特別な場所です。」
世界最高峰の教育現場を体感する卒業ショー
その夜に開催されたAalto Universityの卒業ショー「Näytös26」。世界最高峰とも評される同大学のファッション教育を象徴するイベントだ。驚かされたのは作品の完成度だけではない。素材研究。テキスタイル開発。社会課題へのアプローチ。服づくりを超えた探究が行われている。若手を育てるというより、若手に挑戦する環境を与える。そんな教育哲学を感じた。ヘルシンキの未来は、この場所から生まれているのかもしれない。

手編みニットが教えてくれた、クラフト表現の美しさ
3日目の朝、AD Museum Helsinkiで開催されていたユハ・ヴェフマーンペラ(Juha Vehmaanperä)の展示を訪れた。展示を見る前は「ニットアーティスト」という言葉から柔らかな作品を想像していた。しかし実際に会場で目にした作品は、そのイメージを大きく覆すものだった。
鮮やかな色彩。大胆なフォルム。手作業の痕跡を色濃く残した編み地。そこには温かさだけでなく、パンクや反骨精神のようなエネルギーが宿っていた。展示では衣服だけでなくインスタレーションや素材実験も紹介されており、クラフトを単なる技術ではなく、自分自身を表現するための言語として扱っているように見えた。大量生産や効率化が進む時代だからこそ、手を動かし、時間をかけて作ることの意味を改めて問いかけているようにも感じた。なんといっても彼のパーソナリティが最高で話が弾んだ。
右:ユハ・ヴェフマーンペラ
INTERVIEW|ニットアーティスト ユハ・ヴェフマーンペラ
「クラフトは世界を形づくることのできるアート」
—ご自身の活動について教えてください。
ユハ「私はニットアーティスト、職人、そして教育者として活動しています。オーダーメイドのニットウェア制作に加え、人々が自分自身で服を作れるようになるための教育活動にも力を入れています。教育こそがファッション消費をよりサステナブルなものへ導くと信じています。ものづくりにどれだけの時間や技術が必要なのかを知ることで、その価値をより深く理解できるようになるからです。」
—今回「Fashion in Helsinki」で表現したかったことは?
ユハ「今回の展示で最も伝えたかったのは、『クラフトは世界を形づくることのできるアートである』ということです。クラフトは過去の遺産ではなく、ファストファッションやAIテクノロジーが急速に発展する現代だからこそ、極めて現代的な実践だと考えています。また、北欧デザインはミニマリズムや機能主義で語られることが多いですが、その背景には力強く、色彩豊かで、自由な表現のエネルギーが存在していることも伝えたいと思いました。」
—クリエーションにおいて大切にしていることは?
ユハ「私は手編みのニッターであり、作品のほとんどを自分自身の手で制作しています。自分が作るものとのつながりを持つことはとても重要です。その関係性こそが、衣服にさらなる価値を与えてくれると思っています。一着の服が完成するまでには、何年もの訓練と数え切れないほどの作業時間が必要です。それこそが表現の美しさであり、ファッションの魅力なのです。」
OTSAMOとフィンランドが考えるエレガンス

続いて訪れたのは「Hotel Kämp(ホテル カンプ)」で行われた<OTSAMO(オツァモ)>のランウェイショー。デザイナー メルト・オツァモ(Mert Otsamo)が手掛けるブランドは、構築的なシルエット、精密なテーラリング、そしてジェンダーや社会的役割に縛られない自由な視点。華美な装飾ではなく、構造そのものの美しさで魅せる姿勢に北欧らしさを感じた。「フィンランドでは珍しいクチュール的な美意識を持ちながらも、どこか静かで理性的だ。」とFIHのディレクターが語っていたことも印象的だった。
Fashion Talksで見えた業界の未来
午後はBio Rexで開催された「Fashion in Helsinki Talks」へ。<ALAINPAUL(アランポール)>のデザイナー アラン・ポールなど、デザイナー、ジャーナリスト、教育関係者が集まり、ファッションの未来について議論が交わされた。印象的だったのは、サステナビリティを単なる流行語として扱っていないこと、みんなに共通認識であり永続的な課題だということだ。
どう作るか。どう売るか。どう残すか。その全てを含めてファッションを、ファッションを通して社会問題を考えている。フィンランドでは未来の話が理想論ではなく、実践として語られている印象が確信に変わった。
フィンランドが教えてくれたこと

夜は「Finnish Fashion Awards 2026」へ。若手デザイナーから老舗ブランド、教育機関、メディア、バイヤーまでが一堂に会する場だ。そこで感じたのは競争ではなく共創という考え方。誰か一人が主役なのではなく、業界全体で次世代を育てることに尽力する姿勢を感じた。今回の「Fashion in Helsinki」で何度も感じたのは、フィンランドのファッションは単なる産業ではないということ。そこには教育があり、クラフトがあり、サステナビリティがあり、人と人とのつながりがある。
白夜のヘルシンキで過ごした4日間。華やかなショーの裏側には、これからの時代のファッションを考えるためのヒントがあった。印象的だったことは、フィンランドの人々がファッションを通じて_まざまな角度から未来を語っていたこと。それは流行を追いかけるためではなく、より良い社会を作るための対話だったように思う。4日間の「Fashion in Helsinki」は、とても充実して、刺激的な日々だった。
- Reporting & Interview Support : Charles Kawamoto(QUI)
- Edit & Interview : Yukako Musha(QUI)
















