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「誰か」と「わたし」を繋げる、ロン・ミュエクの彫刻 – 森美術館「ロン・ミュエク」展レポート

May 14, 2026
東京・六本木の森美術館で、現代美術作家ロン・ミュエクの個展が開催されている。本展はカルティエ現代美術財団と森美術館の共催によって実現したもので、2023年にパリで開催された展覧会を起点に、ミラノ、ソウル を巡回し、東京での開催に至った。日本では約18年ぶりとなる大規模個展で、約30年のキャリアの中で制作された49点のうち11点を展示。そのうち6点が日本初公開となる。

「誰か」と「わたし」を繋げる、ロン・ミュエクの彫刻 – 森美術館「ロン・ミュエク」展レポート

May 14, 2026 - ART/DESIGN
東京・六本木の森美術館で、現代美術作家ロン・ミュエクの個展が開催されている。本展はカルティエ現代美術財団と森美術館の共催によって実現したもので、2023年にパリで開催された展覧会を起点に、ミラノ、ソウル を巡回し、東京での開催に至った。日本では約18年ぶりとなる大規模個展で、約30年のキャリアの中で制作された49点のうち11点を展示。そのうち6点が日本初公開となる。

ロン・ミュエクは、とてもリアルな人物彫刻の作品で知られるアーティストだ。理想化された美しい身体ではなく、シワやたるみ、無精髭や体毛まで精密に表現された像でありながら、そのサイズは時に見上げるほど大きく、時には原寸よりも小さく表現され、観る人に強い印象を残してきた。2007年より十和田市現代美術館に恒久展示されている《Standing Woman》で、その作品を目にしたことがある方も多いのではないだろうか。

ロン・ミュエク《若いカップル》2013年 所蔵:ヤゲオ財団コレクション(台湾)展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

今回の展覧会は、日本では約18年ぶりとなる大規模個展だ。ミュエクは1958年、オーストラリア・メルボルン生まれ。ドイツ系の人形職人を母に持ち、テレビや映画の造形制作の分野でキャリアを開始した。1986年以降はイギリスを拠点に活動し、1996年に現代美術界にデビューしている。非常に長い時間をかけて作品を制作するため、約30年のキャリアのなかで作品総数は49点にとどまる。本展ではそのうち11点が展示され、6点が日本初公開となる。

会場は大きな展示空間を活かした構成となっている。早速会場をめぐってみよう。

ひとりの時間、ふたりの距離

序盤に登場する印象的な作品は、巨大な彫刻作品《イン・ベッド》だ。ベッドに横たわる中年女性が部屋の向こうを見つめ、物思いにふけっているように見える。そのサイズは、長さ6.5メートル、幅約4メートルと、ミュエクの単体人物像としては最大級。女性は遠くを見ているが、鑑賞者と視線が合うことはなく、何を考えているのかもはっきりとは示されない。

ロン・ミュエク《イン・ベッド》2005年 所蔵:カルティエ現代美術財団 展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

ミュエクの作品は、とてもリアルでありながら、人物にまつわる具体的な物語や状況が明示されない点に特徴がある。そのため、鑑賞者は自分自身の経験や感情を重ねながら、作品と向き合うことになる。

ベッドの中の彼女が考えているのは、明日の仕事や家族のことかもしれない。あるいは、今の社会の状況について考えているのかもしれない。ただ、ひとりベッドの中で、眠りに落ちる前に物思いにふける時間は誰にでも経験があるのではないだろうか。非日常的なスケールでありながら、誰もが身近に感じる感覚でもある。

同じ空間には、その大きさとは対照的な《若いカップル》という高さが1メートルにも満たない、実寸よりも小さなスケールの作品が展示されている。

ロン・ミュエク《若いカップル》2013年 所蔵:ヤゲオ財団コレクション(台湾)展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

正面から見るとその小さなカップルは初々しく、微笑ましい雰囲気にも感じられる。しかしながら、背後に回ると、少年の手は少女の手を強く掴んでいるようにも見え、その小さなサイズは、不穏な雰囲気を増幅させるようにも感じられる。

ミュエクがロンドンの路上で偶然目にした光景をもとに制作された作品であり、鑑賞者の年齢や性別によっても見え方は変わってくるかもしれない。自分自身に向き合う感覚と、誰かとの関係性を同時に意識させる空間だ。

社会のなかの役割と孤独

ミュエクの作品には、さまざまな年代の人物が登場し、人が一生のなかで体験する普遍的な感情が表現されているのも特徴だ。

地上53階からの東京の風景を見下ろすことができる展示室に置かれているのは、初期の代表作《エンジェル》だ。背中に羽根の生えた中年男性の、手足の体毛や皮膚の質感まで精緻に再現されたその姿は、一般的に想像される天使のイメージとは異なり、頬杖をつく姿にはどこか悲哀も感じさせる。

ロン・ミュエク《エンジェル》1997年 個人蔵 展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

本作は、イタリアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの《ヴィーナスと時間の寓意》に着想を得たものとされる。そこでは「時間」を表すものとして羽根をもった男性が描かれているが、本作の天使は特別な使命を帯びているようには見えない。実際の人間よりも小さなサイズで表現されていることもあり、その姿には孤独や脆さが強くにじむ。視線の先に広がる東京の街並みを前に、彼が何を考えているのかを想像してしまう作品だ。

一方、《買い物中の女》は、より日常に近い場面を扱った作品だ。両手に買い物袋を持ち、懐に赤ん坊を抱えた女性が疲れたような表情で立っている。

ロン・ミュエク《買い物中の女》2013年 所蔵:タデウス・ロパック(ロンドン・パリ・ザルツブルク・ミラノ・ソウル)展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

この作品もまた、原寸よりも小さく制作されており、気持ちの不安定さや生活の負荷のような感覚を際立たせているようにも見える。女性の視線は、赤ん坊にも鑑賞者にも向けられていない。

西洋美術史の「聖母子像」を思わせる構図でありながら、そこにあるのは理想化された母性ではなく、日常生活の重さだ。本作もまた、ミュエクがロンドンのスタジオ近くの交差点で実際に目にした光景をスケッチしたところから制作されたものだという。どちらも、社会の中で役割を担う存在であることと、その中で生まれる孤独が静かににじむ。

また、同じ展示室には、ロン・ミュエク自身をモデルにした作品もある。《マスクⅡ》は、作者自身の顔をモデルにしたもので、約4倍の大きさで制作されている。

ロン・ミュエク《マスクⅡ》2002年 個人蔵 展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

ベッドに横たわるように、押しつけられた皮膚のゆがみ、呼吸をするように薄く開いた口、そり残しのヒゲなど、スケールが大きくなってもとてもリアルだ。一方で作品の裏側に回ると、実際の「仮面」のように内側がえぐられていて、そのリアルさは「表面」のみであることに気づく。自分自身の顔も、ひとつの「仮面」であるようにも見える。

無数の頭蓋骨が映す私たちの姿

本展の中でも最大規模の作品である《マス》は、約100点の頭蓋骨の彫刻によって構成されたインスタレーションだ。この作品は、2017年にオーストラリアのメルボルンで発表されて以来、展示空間ごとに構成が変えられるのが特徴だ。森美術館では、頭蓋骨が「砂丘」のように積み上げられ、鑑賞者はその空間の中を歩き回る。

ロン・ミュエク《マス》2016-2017年 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

ひとつひとつの頭蓋骨は似てはいるが、それぞれわずかに異なっている。集合体として見ると均質に見えるが、それぞれがかつて異なる個人であったことを想起させる。ミュエクはこの作品について、「彼らはかつて人間だった。私たちと同じ人間だ」と述べている。

タイトルの《マス》には、「集まり」や「物質の量」、「大衆」、さらには死者を弔う宗教的儀式(ミサ)といった意味が重ねられている。頭蓋骨というモチーフもまた、戦争や災害といった出来事を想起させる一方で、ファッションやポップカルチャーの中では日常的に用いられており、多様な意味を持つ。

ロン・ミュエク《マス》2016-2017年 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年

この空間に立つと、その多様な意味が実感できる。頭蓋骨が積み重なる光景は不穏でありながら、同時にその美しい造形と物量の迫力に思わずカメラを向けたくなる瞬間もある。だが、その行為自体にどこかためらいを感じるのも確かだ。惹かれる感覚と、距離を取りたくなる感覚の揺らぎが、この作品の体験の一部になっているようだ。

森美術館館長の片岡真実は、「多様性」に加え、「私たちがいかに同じ人間であるのか」を示すことも現代美術の重要な側面であると語った。ロン・ミュエクの作品は、特定の物語を語るわけではない。その代わりに、それぞれの鑑賞者の体験になぞらえ、意味づけがなされていくように感じられる作品だ。個人の内面から始まり、他者との関係、社会の中での役割、人類というより大きな単位へと視点が広がっていくようにも感じられる本展。写真では伝わりきらない精緻な彫刻と、その場でしか得られない感覚を、ぜひ会場で体感してほしい。

開催情報
展覧会名:ロン・ミュエク
会期:2026年4月29日(水・祝)~9月23日(水・祝)
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
開館時間:10:00~22:00(火曜日は17:00まで、ただし一部日程は22:00まで)
※最終入館は閉館30分前まで
休館日:会期中無休
入館料:一般 平日2,300円/土日祝 2,500円 ほか(日時指定券制)
ウェブサイト
Instagram:@moriartmuseum

  • Text / Photograph : ぷらいまり。
  • Edit : Seiko Inomata(QUI)

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