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Maison Margielaの現在地~アーティザナルコレクション2024エキシビジョン東京【後編】

Jan 27, 2025
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズの特別編。2024年11月2日から24日まで、メゾンマルジェラ東京・恵比寿にて「メゾンマルジェラ アーティザナル2024エキシビジョン東京」が開催された。そこで今回は、エキシビジョンを踏まえて筆者なりの視点で、アーティザナルコレクションから見る“メゾンマルジェラの現在地”を前編・後編に渡りお届けする。後編である本記事では、アーティザナルコレクション2024のルックについて触れるとともに、本題である“メゾンマルジェラの現在地”について考察していこうと思う。

Maison Margielaの現在地~アーティザナルコレクション2024エキシビジョン東京【後編】

Jan 27, 2025 - FASHION
渋谷に店舗を構えるヴィンテージ古着専門店「Archive Store」のマネージャー鈴木達之による連載シリーズの特別編。2024年11月2日から24日まで、メゾンマルジェラ東京・恵比寿にて「メゾンマルジェラ アーティザナル2024エキシビジョン東京」が開催された。そこで今回は、エキシビジョンを踏まえて筆者なりの視点で、アーティザナルコレクションから見る“メゾンマルジェラの現在地”を前編・後編に渡りお届けする。後編である本記事では、アーティザナルコレクション2024のルックについて触れるとともに、本題である“メゾンマルジェラの現在地”について考察していこうと思う。
Profile
鈴木 達之
Archive Store マネージャー

1980年代〜2000年代初頭のデザイナーズアーカイブを収集して、独自の解釈でキュレーションしている、ファッションの美術館型店舗を運営。SNSでは独自のファッション史考察コラムを投稿。メディアへの寄稿や、トークショーへの登壇など、活躍の場を広げている。

ハウスコードという「共通言語」

2024年1月のオートクチュール・ファッション・ウィークにて発表されたコレクションでは全44点のルックが披露されたが、今回のエキシビジョンではそのうちの25点が展示されていた。

そこで、今回のアーティザナルコレクション2024の新たなハウスコードとして、「レトログレーディング」という技法に注目してみる。それは、下から上にかけてデグレートさせていき、グラデーションを生地や色使いで表現したような技法だ。下から上にかけて退化させていく独特な発想も、マダム・ビジューのスタイルを忠実に解釈、表現する上で欠かせない技法だと捉えることができる。

Look 28レトログレーディングが施されたチュールドレス

また「レトログレーディング」にも関連する技法として新たに「アクアレリング」が追加されている。画家の水彩絵の具(アクアレル)の使い方に倣い、主にチュールやモスリンで寄せたドレープに使われ、生地に濡れたような印象を与える。

更に「エモーショナル・カッティング」という注目すべき技法も追加されている。それは、人間の無意識に作るジェスチャーを衣服に染み込ませるといった、“動作にフォーカス”を当てた技法だ。ガリアーノは、様々なシチュエーションに対して無意識に出てしまうジェスチャー、つまり偶発的な動作からもインスピレーションを得ている。

以前にも「ドレッシング・イン・ハッスル(急いで服を着る)」というハウスコードで、慌てて夜に犬の散歩に出る際に、着替えるのが面倒で、マッキントッシュのコートにベルトを閉めて、スリッパで外に出て、偶然会った友人とベンチで長時間お喋りをした時のスタイリングがとてもグラマラスだったという発想から、ハウスコードとして服作りに活かしているといったエピソードがある。

その他にも様々なハウスコードが作品に反映されていることから、新たなクチュールテクニックを次々に生み出すメゾンマルジェラの実験的スタンスが、オートクチュールにおける表現の幅を格段に広げているのと同時に、ハウスコードという「共通言語」にすることで、抽象から具体へと思考プロセスを変換できるというのが、筆者なりの解釈。

ここで改めて我々が理解すべき点としては、オートクチュールという究極の手仕事の世界があることだ。当たり前のように感じるかもしれないが、普段私たちが目にしてるのは、プレタポルテコレクションのアイテムや、コレクション外の定番系のアイテムなので、オートクチュールを目にすることはない。

インターネットやSNSでオートクチュールコレクションを見ても、プレタポルテコレクションと混同してみてる人も多いはずだ。加速度的にデジタル化が進む現代だからこそ、改めてオートクチュールの世界に焦点を合わせてみるべきなのかもしれない。今回、ガリアーノが最後に手掛けたメゾンマルジェラのオートクチュールライン“アーティザナル”のエキシビジョンは、そういった時代へのメッセージのように感じる。AIには到底辿り着けない人間の手仕事の可能性は無限にあると。

膨大なアーカイブをもとにガリアーノ流に再解釈されたLOOK39

それでは、アーティザナルコレクション2024のルックの中で、筆者が特に目を奪われた作品を2点紹介する。本連載でもテーマにしている通り「ファッションの見方」は自由であり、人それぞれでいいというのが大前提。

まずはLOOK39。ブラックでウール素材のケープドバックドレスで、特徴的なのが、“劣化させたウール素材”と、至る所に空いている“無数の穴”だ。穴に関しては、意図的に虫食い穴を思わせるような「ロールシャッハ・ドッティング」の技法で作られている。破壊的でデコンストラクティブ(脱構築)な哲学を持つガリアーノならではの表現が顕著に現れていて、従来のオートクチュールの潮流とは対照的な“グランジ”かつ“パンク”のマインドを読み取ることができる。

マダム・ビジューをイメージしたコレクションとして、着古した服の再現ということで、ウールを意図的に劣化させて、毛羽立たせた点も職人ならではの技術であり、ガリアーノならではの美的価値観だ。そして何より、このドレスを見て想像するのが、1982年秋冬“黒の衝撃”で“ボロルック”と称され、ファッション業界に新たな価値観を提示した『コムデギャルソン』の「Holes」コレクションだ。ブラックの着古したニットに、穴が空いたデザインで、1980年代初頭にオートクチュール文脈の西洋服飾史に衝撃を走らせた川久保玲へのリスペクトを感じる。

ウールの毛羽立ちに関しても、所謂“縮絨期の初期”と呼ばれる『コムデギャルソン』1994年秋冬「Metamorphosis(メタモルフォシス)」コレクションを彷彿させる。縮絨期は着古したような特性から、特にモードの世界における“美しい”の概念を変えた重要なコレクションなので、勿論無意識ではあると思うが、コムデギャルソンの歴史的作品からの影響は少なからずあると推察できる。

こうした膨大な歴史(アーカイブ)の中からリサーチし、ガリアーノ流の視点で、現代に再解釈し提示していることが、作品(LOOK39)から伝わってきた。あくまでも筆者の個人的な考察によるものなのを理解してもらいたい。

また別の観点で考えると、マルタン本人期のアーティザナルと、ガリアーノ期のアーティザナルの違いとして、古着や既製品を素材とした作品であるかどうかという点がある。元々マルタン本人期のアーティザナルは、素材を世界中の蚤の市やガレージセールから収集し、手仕事によって解体、再構築をしていた。そのため古着や既製品の素材を使ったスウェットや、ジーンズ、レザージャケットなどが、所謂マルタン本人期のアーティザナルとしてコレクターから愛されてきた。マルタンが古着愛好家であることもそうだが、マルタンがデビューした1989年以降から1990年代前半は、グランジロックの影響や、その源流とも言えるビートやヒッピーのリバイバルもあり、ヴィンテージ古着がストリートファッションのスタンダードとなり、モードの世界にも影響を与え始めていた時代だった。そういった時代背景から、うまくヴィンテージ古着を、現代アート的なアイディアで再構築したクリエーションはまさに1990年代以降のモードに風穴を開け、今でもアーカイブとして語り継がれている。

一方で、ガリアーノはマルタン本人期のアーティザナルのような古着や既製品は素材としてはあまり使用していない(※既製品という意味では、2016年秋冬にマッキントッシュのコートを使った作品を発表している)。ここがまずマルタン本人期とガリアーノ期の大きな違いだ。そこでヴィンテージ古着や既製品を使用しない分、クチュールのテクニックで素材を自由自在にヴィンテージの風合いに加工した。まさにLOOK39のウールの毛羽立ちは、ヴィンテージの風合いをクチュールのテクニックで表現した作品だと言える。

ここで正確に認識しておかなければならないのが、先述した“クリエイティブピラミッド”の存在だ。アーティザナルで発明したハウスコードを、他のコレクションへと反映させているため、あくまでクリエーションの根幹となるクチュールのテクニックとして“再現性”が重要なのだと推察できる。また、ヴィンテージ古着、既製品の素材集めは不確実性が高いことも、古着を使用しない要因だと思われるが、それよりもガリアーノ期のメゾンマルジェラは、マルタン本人期から次のフェーズへと移行し、“ラグジュアリー”ブランドへと生まれ変わった点も大きな要因なのかもしれない。

ラグジュアリーブランドとしてオートクチュールコレクションで成功するために、マルタンとガリアーノに共通する破壊的でデコンストラクティブ(脱構築)な哲学を残しつつも、古着や既製品ではなく服の素材を使って、ヴィンテージやグランジ風な加工、つまり着古したような服作りをクチュールのテクニックで表現することで、新たな次元、新たなフェーズのオートクチュールコレクションへと進化させたのだ。

本質的に無価値から価値を生む現代アート的なクリエーション LOOK21

ここで、素材の観点でもう1点紹介したいのがLOOK21。シルエットに圧倒されてしまう作品だが、この作品を構築する上で、使用されている技法に注目する必要がある。それが「リバース・スワッチング」で、ドレスメイキングで使用されてきた伝統的な生地ではなく、それとは“対照的な価値の素材”にすり替える方法。つまり本来オートクチュールのドレスメイキングでは使用されないであろう“特殊な素材”を使うということだ。

ここで重要なのが高級ではない“日用品を素材とする”点だ。この素材のすり替えは、マルタン本人期のアーティザナルでも見られる手法で、以前にも連載で紹介した櫛で構築された「コームドレス」など、服の生地としては通常使わない素材というまさに「アルテポーヴェラ」的な発想であり、これこそがメゾンマルジェラのアーティザナルが“現代アート”だと言われる要因なのだ。日用品などの本来さほど価値の高くない物を、独自の発想でクリエイティブな作品(LOOK)へと再構築させてしまう点を踏まえると、ただのリサイクルの視点やリメイクの視点ではなく、本質的に無価値から価値を生む現代アート的なクリエーションと言える。

LOOK21に話を戻すと、今回使用された素材は「スポンジ」。オートクチュールのような高級仕立て服で、スポンジを使って作品を作ったケースが過去の歴史において果たしてあっただろうか。素材選定の時点で既にデコンストラクティブだが、ただスポンジを使用するだけでなく、スポンジを覆ったビリビリに引き裂かれたストッキング(パティーナ加工)がこの作品の芸術点を格段に引き上げている。これもただストッキング素材を使っただけでなく、マダム・ビジューのずり落ちたストッキングを作品に反映させた、極めてコンセプチュアルな仕上がりとなっている。クチュールの手仕事の技術をより現代アート的に表現するのに、この「リバース・スワッチング」は効果的な技法であると同時に、メゾンマルジェラのクリエーションにおける哲学を具現化するためには、重要なハウスコードなのだ。もちろん全てのハウスコードが重要で、メゾンマルジェラ独自のオートクチュール作品を創造するための“技法”であり“共通言語”となっている。

ファッションにおける“言語の重要性”

ここまで、現在のメゾンマルジェラの創造における構造について、アーティザナルコレクション2024を題材に思考を整理してきた。改めて客観的に“メゾンマルジェラの現在地”を捉えるとするならば、脱構築的オートクチュールの抽象表現を、言語によって記号化し、共同クリエーションにおける再現性を可能にしたという点が、筆者の見解だ。

それを可能にしたのは、オートクチュールラインとして機能しているアーティザナルを頂点としたクリエイティブピラミッド創造の仕組み化だ。これにより、ブランドコンセプトの構築化、具現化を更に高次元なレベルで表現できるようになった。

結果的にメゾンマルジェラは、オートクチュールとプレタポルテ、その他のラインとの融合に成功し、クリエイティブのみならずビジネスにおいても高い次元で最適解を出している極めてモダンなメゾンブランドへと進化を遂げたと言える。

今回は、アーティザナルコレクション2024のエキシビジョンを見て、筆者なりに“メゾンマルジェラの現在地”をまとめてきたが、改めてジョン・ガリアーノという偉大なファッションデザイナーのメゾンマルジェラにおける功績は、未来へとこれからも発展し続けてための“メゾンマルジェラの言語”を残したことだ。

そしてファッションにおける“言語の重要性”を提示してくれたことは、今後のファッションの更なる進化を後押しすることになるはずだ。

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Maison Margielaの現在地~アーティザナルコレクション2024エキシビション東京【前編】
Jan 27, 2025

 


Archive Store
1980年代〜2000年代にかけてのデザイナーズファッションに着目し、トレンドの変遷を体系化して独自の観点でキュレーションしている美術館型店舗。
創造性溢れるアート作品から社会背景を感じられるリアルクローズ作品まで、様々なデザイナーズアーカイブを提案している。

“アーカイブ”とは作品に込められた意味や時代の印(しるし)であり、そこから読み取れるストーリーが人から人へと伝わっていくことで、後世に記録や記憶として残っていく。
Archive Storeでは、アーカイブ作品を見て、触れて、着て、言語化してもらうことで、ファッションを学問として楽しんでもらえることを目指している。

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