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ステータスにつながならないものづくりを信じる|OVERCOAT 大丸隆平

Nov 22, 2025
<OVERCOAT(オーバーコート)>の10周年を記念して南青山で開催されたトークイベント。その場でクリエイティブディレクターの大丸隆平のものづくりの心構えに触れたQUI編集部に生まれたのは、興味深かった大丸の発言にさらに踏み込みたいという想い。
対面でのインタビューから伝わってきたのは、既製服なのに誰もが着ることができないという矛盾を独自のアプローチで突破しようとする大丸の熱い思いだった。

ステータスにつながならないものづくりを信じる|OVERCOAT 大丸隆平

Nov 22, 2025 - FASHION
<OVERCOAT(オーバーコート)>の10周年を記念して南青山で開催されたトークイベント。その場でクリエイティブディレクターの大丸隆平のものづくりの心構えに触れたQUI編集部に生まれたのは、興味深かった大丸の発言にさらに踏み込みたいという想い。
対面でのインタビューから伝わってきたのは、既製服なのに誰もが着ることができないという矛盾を独自のアプローチで突破しようとする大丸の熱い思いだった。

全ての体型を網羅する究極のプレタポルテを目指したい

—大丸さんはこれまでに日本のメディアの取材を受けていますが、ニューヨークを拠点にされているので主にリモートですか。

大丸:そうですね。日本にも年に数回は帰国しているのですが、タイミングが合わなくてリモートになることが多いです。

—先日の<OVERCOAT>のトークイベントはとても興味深かったです。大丸さんの発言の真意をさらに深く聞いてみたいと今回のインタビューは対面を熱望していました。大丸さんがニューヨークに戻る前になんとしてもと(笑)。

大丸:想いを深く汲み取るために対面で、という気持ちはよくわかります。パターンメイキングを主にしている<oomaru seisakusho 2, inc/大丸製作所2>の仕事ではクライアントが何をやりたいのかを細かく把握したいので僕も意思疎通のためにも打ち合わせは対面が基本です。

—同じインプットだとしても対面とリモートでは情報の質が変わるような気がします。もちろん前者の方が濃いというか。

大丸:情報は多くて、深い方がもちろんいいのですが、僕はオーダーに応える際にはクライアントの要望、希望をそのまま聞くことはせず、そのインプットを取捨選択していくんです。場合によっては全て捨ててしまうことも。それも濃い情報を得ることができないとどれを残して、どれを捨てるかの判断は難しいですね。

—トークイベントでは「自分にしかできないものづくりがある」と話していました。そういう意味で大丸さんに依頼があっても「これは自分の役割ではないな」と思ったりすることはありますか。

大丸:そう感じることはありますよ。でも、僕は基本的には依頼を断ることはしないです。理由はさまざまでも僕の技術を必要としてくれているのは間違いないので。ただ、クライアントがショーのために100着作りたいと言っても、僕は核になる数着のショーピースしか制作しません。数を増やしたいなら僕が作ったものをアレンジすればいいし、そのためにブランドが自分たちのクリエーションを発揮すればいいと思っています。

—大丸さんのクライアントはファッション界のビッグネームも多いですが、瞬く間に<oomaru seisakusho 2, inc>の評判が高まったことに戸惑いなどはありませんでしたか。

大丸:僕が取り組み始めたときにはこれからというブランドだったのに、インベスターによって一気にファッション界を登り詰めるというパターンもあって、それで<oomaru seisakusho 2, inc>の顧客はビッグネームが揃っているように感じるのかもしれないですね。ビジネスが小規模な段階からインベスターがつくのがニューヨークという都市です。スタートアップでも夢があります。

—顧客としてはミシェル・オバマのドレスやカマラ・ハリスのスーツなども手がけました。アメリカでは衣装の力も重要なプレゼンテーションだと思いますが、政界の要人からの依頼に対して意識したことはありますか。

大丸:カマラさんは女性初の副大統領として男性が多くを占める政界で存在を示さないといけなかったのですが、だからといってマスキュリンすぎる服にはしたくはなかった。リーダー像をイメージしながらも女性だからこその着姿の美しさは意識しました。ミシェルさんはオバマ大統領がセンセーショナルでしたから、ファーストレディということで柔らかなドレスでありながらアヴァンギャルドさも表現しました。

—<oomaru seisakusho 2, inc>は順調だったと思うのですが、どうして既製服の<OVERCOAT>を立ち上げようと思ったのでしょうか。

大丸:<oomaru seisakusho 2, inc>は自分たちの手を動かして依頼に応えていくので、会社をもっと軌道に乗せて大きくしたいと思ったら人を増やす必要があります。ですが人員を拡充してもスタッフの移籍もあれば、引き抜きなどもあり得ます。だとしたら自分たちが起こせる意匠をプロダクトに落とし込む既製服にチャレンジしたいと思ったんです。


—これもトークイベントでの発言ですが、大丸さんは左右非対称など人間の身体の個体差に着目して、どんな人でも着られる既成服を目指しています。そういう発想は出自がパタンナーであり、オーダーメイドも手がけているからでしょうか。

大丸:僕は<OVERCOAT>の哲学に共感してくれる全ての方に、性別や体型に関係なくワードローブに加えてもらえるブランドでありたいと考えています。<OVERCOAT>を着たいと思っているのに体型や体格を理由に諦めてほしくない。あのイベントで取り上げた「ワンサイズで成立するコート」などは、まさにその想いを込めた一着です。

—既製服は肩が合っていなかったり、シルエットをタイトやルーズに感じても着る側が服に合わせていくこともあります。その服を着たいからフィット感には目をつぶろうということもありますが、大丸さんの発想は全く違いますよね。

大丸:理想とする体型やシルエットがあって、そのミューズが着ている姿をイメージしてデザインするファッションブランドは多いと思います。ですが、僕は自分が作った服を一人でも多くの人に着てもらうことが喜びなので、いろいろな体型を網羅していきたいんです。



—世代も性別も超えて幅広く選ばれる服を作ることにやりがいを感じるということですね。

大丸:身体は左右非対称なので70億人いたら本当の意味で完全に個人にフィットする服を作るためには140億通りのパターンが必要です。そういう世界で生きているので、「このひとつのパターンに皆さんが身体を合わせて着てください」というのは無理があると感じてしまうんです。S、M、Lだけで区分なんてできないですから。

—「ワンサイズで成立するコート」は一着で70億人の体型をカバーしようとしているということですよね。それこそが究極のプレタポルテだと。

大丸:まさにその通りです。

—その一方でサヴィルロウのテーラードだけが技術の最高峰だというのはつまらないから着ることが難しい服も作りたくなると。それもトークイベントでの発言ですが、大丸さんの正義はどちらですか(笑)。

大丸:僕の中では整理はできているんですけどね(笑)。王道であることが良しとも思わない性格で、<OVERCOAT>も見た目はクワイエットかもしれませんが、構造的にはすごく凝っていたり、捻っているんです。他のデザイナーはやらないようなテクニックも駆使しています。

自分の手を動かしてきたからこそ可能かどうか判断できる

—<OVERCOAT>の服はラボから生まれるプロダクトのような印象をずっと抱いていたのですが、お話を聞いているとすごく腑に落ちました。

大丸:オーダーメイドは個の思想にまで寄り添っていくような服に仕上げることもありますが、<OVERCOAT>の服は完成の一歩手前で終えているイメージです。完全に作り込んでしまっては不特定多数の人が入ってくる余地がなくなるような気がするので。もちろん未完成を販売しているというわけではないですけど。

—シグネチャーでもあるワンシームパンツは内股にも外側にもハギがなく、既製服では見たことがないです。

大丸:僕は長いお付き合いをさせていただいている生地屋さんも多く、ありがたいことに良質な素材を特別に提供していただけることも多いです。その生地の良さを活かすためになめらかなドレープ感を出したかったんですけど、内にも外にもハギがあるとそこで流れが止まってしまいます。だからぐるっと1周させて後ろだけで縫い合わせているんです。


—生地の表情を押し出すためにハギを1本にする。理屈ではわかりますが、他では見られないということは誰でもできるわけではないということですよね。

大丸:もちろん技術は必要です。僕は生地を手に入れて、パターンを引いて、裁断をして、それを縫い合わせることを全て自分でやってきましたし、そういうやり方しか知りませんでした。なので見たことのないようなパターンを思いついて、それを実現ができるかどうかを自分で判断できますし、どの工程に注力すればプロダクトとして具現化できるのかも見えます。<OVERCOAT>の服には普通じゃない仕立てがいっぱいあります。一枚の布を身体に巻くだけで成立するなら、それがいちばんいい服なんじゃないかなとも最近は思っています。

—「一枚の布を服として成立させる」とさらりと言いますが、相当なロジックをベースにしないと成り立たないはずです。

大丸:周囲からすると考え過ぎのようにも見られますけど、僕は考えるのはすごく好きです。ロジカルな思考が勝敗を左右するので将棋も大好きです。ただ、理詰めで考えすぎる自分をイヤになるときもあって、最近は何も考えずに行き当たりばったりで服を作ることでドキドキすることがあります。時々は腕を通すこともできない、身体を包むこともできないけど、「これが服です」みたいなものを作りたくなるんです。

—「着ることができない服」を周囲は思いつきで作ったと思うかもしれませんが、それは常に考え続けている大丸さんのロジックの下積みがあるからこそ生まれてくるような気もします。

大丸:頭を使って考え続けるのは好きなので、自分は服に関しての知識は多い方だと思います。だったら自分の知識を全てゼロにして服を作ったらどんなものができるんだろうと、そういうことにも興味があります。


ロンドンのアートディレクターピーター・マイルズとのコラボレーションTシャツ。NYチャイナタウンに並ぶ金取業者の店先の天幕から着想を得た"We Buy Gold"

—そういう意味ではピーター・マイルズとのコラボレーションなどはカラーパレットやグラフィックが賑やかで、いつもの大丸さんとは別軸のクリエーションに楽しさを感じます。

大丸:コラボレーションが好きなのは自分が見たことがない世界が開けるからなんです。ピーターはアーティストとして尊敬していますし、波長が合うんです。自分と考え方が近しい人とのコラボレーションはやはり面白いものが生まれます。

—10周年記念でコラボレーションした桑田さんも陶芸界では異端児のように見られていたときでも、大丸さんはずっと作風を認めてくれたからオファーをすぐにOKしたと話していましたね。

大丸:僕も変わった服作りをしているように見られているかもしれなくて、それに対して否定的な意見のクリエイターとの共創は無理なので桑田さんの想いと同じです。ピーターともコラボレーションのテーマについて熱いディスカッションをしたこともないですが、感覚的に通じ合えるんです。すごく風変わりな作品が出来上がっても、それを二人して大爆笑したり(笑)。


OVERCOAT10周年記念トークショーでの桑田卓郎氏

自分の心が動かないようなものづくりだけはしたくない

—<oomaru seisakusho 2, inc>も<OVERCOAT>も拠点はニューヨークですが、あの街だからこそ生まれるクリエーションのようなものはありますか。

大丸:ニューヨークでの活動は結果的にそうなっただけで、オファーがあったので渡米したらビザが下りなくて、帰る場所もないからそのまま服作りを続けただけです。服を作ってあげるから英語を教えくれって感じで。

—作った服が英語レッスンの対価だったんですか(笑)。

大丸:僕が生み出せる価値のあるものって服しかなかったので、まさにお金の代わりでした。その時に服を作ってあげた相手が何年後かにファッションデザイナーとして一躍有名になって、その縁もあって<oomaru seisakusho 2, inc>にパターンメイキングの依頼が来て。先ほどの「ニューヨークでの活動で生まれたクリエーション」という質問に対しては明確な答えは持っていませんが、ニューヨークだからこそのクリエイターとの出会いによって多くの刺激をもらったと思っています。ニューヨークのクリエイターは「それは本気なの?」とこっちがヒヤヒヤするようなことも平気でやりますから(笑)。

—大丸さんの現在地はサクセスストーリーのように見られることもあると思いますが、自分の道を切り開くには何が大切だと思いますか。

大丸:僕は16歳のときに進学校をドロップアウトして、退学届を出したその足で紀伊国屋書店で服作りの教則本を買ったんです。その日が人生において最も沸点が高かったと思っています。そんなモチベーションも次の日には意外と冷めたりするものですが、僕は最高潮の状態をずっとキープし続けている気がします。それは常に面白いものを作ろうという好奇心や探究心に支えられているんです。

—そういう探究心を失ったら大丸さんはものづくりの人間として終わりという考えでしょうか。

大丸:服作りを始めたばかりの頃は一着完成するたびに自分がスキルアップしているような感覚がありました。頭の中で想像していた服が目の前にカタチとして現れることがすごい喜びで、その興奮は今でもあるんです。なので自分の心が動かないものを平気で作るようになったらちょっと危ないですね。


—作りたくないものを作って、それを<OVERCOAT>の服とすることはものづくりの美学に反する?

大丸:QUIさんはトークイベントの最後に「どうしてものづくりをするのか」という質問をされましたが、それもうまく説明できないです。ただ、富にもステータスにもつながならない資本主義に抗うようなものづくりというものがあってもいいと思っていますし、そういう行為を信じているんです。そのものづくりに意味があるのか、ないのかを考えることすら意味がないような気がします。

—今回のインタビューは<OVERCOAT>のストーリーやヒストリーとは別に、大丸さんの仕事論のようなことを聞いてみたかったのでそれが叶いました。

大丸:ちょっと個人的なことばかり話した気がしますが(笑)。僕としては個人的なものづくりの美学のようなものはありますが、それだけに執着していては<OVERCOAT>も売上のことも考えなくてはいけない。<OVERCOAT>の服作りに参加してくれているスタッフには豊かになってほしいですから。いろいろ矛盾は抱えていますがブランドとしては正しく、楽しく、成長曲線を描けていけたらいいなと思っています。

  • Photograph : Kaito Chiba
  • Text : Akinori Mukaino (BARK in STYLE)
  • Edit : Yusuke Soejima(QUI)

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