若月佑美 – 新しい靴を履き続ける
自身初となるフォトエッセイ『履きなれない靴を履き潰すまで』に込められた想いに迫る。
ただきれいな言葉を並べても伝わらない
― 『履きなれない靴を履き潰すまで』には、今の自分を肯定して大切にすることだったり、実直に生きるだれもがちゃんと幸せになれることだったり、そんな願いが込められているように感じました。
私自身、音楽を聴いて元気を出すことがよくあるんですね。苦しくて出口が見えないときに聴くのは、つらい気持ちに寄り添ってくれるような曲で。「みんなもこういう気持ちになるときがあるのか」と乗り切ることが多かったんです。だから私も、ポジティブになりすぎず、負の感情にも寄り添いながら、一歩だけ前に進めるような言葉を書きたいなと思っていました。
― 全部で43本のエッセイが収録されていますが、1本目からなかなかヘビーな内容だなと。
1本目の『ナイフを置いてスプーンにして』は、最近書き下ろしました。
私は友達から恋愛や仕事などの相談を受けることが多いタイプで、友達の悩みに共感することが正解だと思っていたんですけど、それだけじゃ一歩踏み出せないことに気づいたんです。寄り添いつつも、グサッと核心を突くようなものがないと同じことを繰り返しちゃったり、同じ悩みをループしちゃったりする現実もある。ただやさしく話を聞いているのは、本当のやさしさじゃないのかもしれない。
だからこそ、あえて突き刺すような言葉を入れました。ただ同じ空間をさまよって、自分を傷つけたってなんの意味もなくて、現実はもっと残酷だからこそ自分をもっと大事にしてほしいと。
― 若月さんのエッセイは詩のように、受け取り手に想像の余地がある文章だと感じました。書くうえで意識したことはありますか?
文章を勉強したわけでもなく、独学で書かせていただいているので、言葉の使い方が間違っているところもあるんですけど、あえてそこを校閲してもらわずに書きました。友達と話しているときに文法がぐちゃぐちゃでも伝わるように、より親しみを持ってもらえるかなって。それに、ただきれいな言葉を並べても伝わらない気がするんです。特に私が書く感情的な言葉は。
だからちょっと不躾な書き方をしたり、句読点を変なところに入れてみたり。あえて違和感や気持ち悪さを感じさせるようにしています。
― 決して難しい言葉は使っていないけれど、フックがあるというか、いい意味で引っかかりのある文章でした。僕も文章を書く仕事だったりするんですけど、文章を書くことって大変ですよね。
大変でした。小説みたいに起承転結がないので、自分がここで終わりだと思ったら終われるし、まだ書くぞってなったら書けるし。どういうまとめ方をしようかずっと悩んで途中でやめて、2日間経ってからもう一度続きを書いてみたり。
― 本作は『週刊 SPA!』で2019年にスタートした連載エッセイが元になっていますが、書籍にまとめる際にも手を入れましたか?
いや、迷ったんですけどそのままにしていますね。
― そうなんですね。3年前の文章を読むと、ちょっと手直ししたくもなりそうですけど。
めちゃくちゃ直したくなりますし、直したほうが伝わるなというのもあるんですけど、そうなると当時の自分を否定することにもなるのかなと。ありのままで置いておくのも良いかなと思って。
― 素敵な考え方ですね。ちなみに、一人称が「自分」「僕」「私」など、いろいろ使い分けられているんですけど、そこはなにか意味が込められているのでしょうか?
最初は「私」を使っていたんですけど、読んでくださったかたからのコメントで、「私」って使うと若月佑美の話に聞こえるらしくて。でも実は自分の話というよりも、人の話を聞いてこう思ったとか、悩んでいる子にこういう言葉をかけたいとか、そういうことを書いていたんです。だからもっと広がりを持たせたくて、途中からは「僕」とかにするようにしました。
自分の思ったことを自分の言葉で伝えていく
― 普通であることや、シンプルに生きることを受け入れて良いんだよというメッセージ性も感じましたが、とはいえそれってなかなか難しいことですよね。若月さんは多才なので、自分が特別でないことに対して絶望することはないかもしれませんが。
あります、あります。
― それでも若月さん自身はその感情と決別できたんですか?
いや、できてないですね。やっぱりなにか得意なことがあって、ずば抜けている人を見ると、名刺代わりになるものを持っていて羨ましいなと思うことがまだまだあります。
でも、知り合いの俳優さんが、なぜ私は主演になれないんだろうとすごく苦しんだ結果出した答えが、「バランサーが一番すごくて一番難しい」ってことだとおっしゃっていて。主演がやりたい放題やっても作品がまとまるようにバランスをとれる人が一番大事にされるんだって自分に言い聞かせて頑張っているという話を聞いたときに、すばらしいなと思って。どんな作品にも普通の人がいることで、特別な人の存在が際立つ。だから、普通の人でいることを誇るという方向性もあるのかと。
― 普通であることもひとつの才能なんですね。
そう思います。友達に言われてうれしかったのが、「ワカって常人だよね」って言葉で。それがうれしいと思う自分に気づけたときに、なにかひとつ殻を破れたような。本に収録している『simple』という作品は、同じことで悩んでいる人がいたら気づくきっかけになってもらえたら良いなと思って書きました。
― 文章を書いていて、恥ずかしいなとか、怖いなとか、そういう感情って浮かんでこないですか?
正直、不安はありますね。結構まっすぐに書いていますし、どんどん「どう思いますか?」と問題提起のような文を書くようにもなっているので。私の口からちゃんと音をつけて話せたらまた伝わり方も違うんですけど、文字だとその人が読みたいように読めるので、違うふうに捉えられたらどうしようかなと。
でも、途中から心配するのはやめちゃいました。もういいやと思って。一人称を僕にすることで、物語として読んでくれる人が多くなったので、だったら包み隠さず自分の思ったことを自分の言葉でちゃんと伝えていこうと。
― あえて深く考えすぎずにアウトプットする。
その言葉に似た難しい熟語とか、難しい言葉をかっこつけて出そうと思えば出せるんですけど。辞書も引かず、頭の中にある文字だけで書いていきました。
― それが良いなと思いましたし、勇気があるなって。僕もいまだにかっこつけちゃったり、逃げ道を探しちゃったりするので。たとえば文章の最後に(笑)みたいなのがあると、いろいろ許されたりするじゃないですか。
そうですね(笑)。
― でも若月さんの文章は本当にまっすぐな言葉ですごく刺さりましたし、僕は良い文章だなと思ったんですけど、若月さんが良い文章だなと思う条件はなんでしょう?
ひとつは誰も傷つけないということですね。すべてを受け入れたうえで自分の意見を書いている方を見ると素敵だなと思います。あとは平井堅さんの詞がすごく好きで。『おんなじさみしさ』という曲があるんですけど、好きな人に会いに行く電車の中で、ワクワクと緊張でちょっとおどおどしてる自分がいて、電車がカーブで曲がるときに、持っていた吊革がギギギとなるんです。
― なりますよね。
それを「吊革にギギギと笑われた」と表現していたんですよ。もう、なんて豊かな表現なんだろうと。
― ああ、すごいですね。ある状況を新しい視点で表現しながら、誰もが自分のことのように追体験できるような。
すごいんです。小さな小さな場所から大きく大きく広げていく文章がとっても素敵だなと。めちゃめちゃ感動しました。
― 他に好きな作家さんや、好きな作品はありますか?
糸井重里さんの本は、グッとくる言葉が多くて好きです。あとは、ベッキーさんの『ベッキーの♪心のとびら』という本の中に、肉まんの話があるんですね。肉まんを1個食べて、もう1個食べたい。それでもう1個食べるとちょっと多かったなって。だったらもう1個の肉まんは半分にして誰かにあげたら、もらった人も自分もうれしいという。欲張りすぎると後悔するから、誰かに分け与えようという話が、すごく印象的に残っています。
― 生活の近いところにあって、気づきがあるような文章が好きなのかもしれないですね。みんなの近くにあるようなことを丁寧に描くような。若月さんの文章からもそんな印象を受けました。
とんでもないことを書くよりも、言われてみればそうだなという部分をあえて書いているところはあります。
エッセイがピンとこなければ写真を楽しんで
― 本作はフォトエッセイということもあり、ほぼ全ページに写真が載っています。写真は連載時に撮影を?
そうですね。昔の写真は、自分で今見ると顔も若いなと。途中からは私が衣装とか、小物とか、スタジオとか全部提案させてもらって撮るようになりました。
― 写真が文章の内容とズバッと合ってるときもあれば……。
全然関係ないときも。
― 写真と文章が離れていることが逆に良いというか、それで化学反応が起きることもあると思うんですけど、そのあたりも意識していますか?
してますね。
― 挿絵ではないですからね、決して。
そうなんです。それを学ばせてもらったのはグループ時代のミュージックビデオで、曲と内容が全然違うドラマをやっていたりもするんですよね。海の歌なのに、学校のドラマを撮っていたり。でも、違うからこそ良いところもあるんだなって。歌詞と映像それぞれの情景を受け取って楽しめたら二度おいしいですよね。
あとはせめて、どっちかで楽しんでもらえれば良いなと。エッセイがピンとこなければ写真で楽しんでいただければうれしいです。
― 『履きなれない靴を履き潰すまで』というタイトルの通り、エッセイの連載開始から3年間履いた靴は履きつぶした感覚がありますか?
いえ、もう毎回、新しい靴だなと思っています。それこそグループ時代は、自分の存在としての正解だっていうものがちょっとずつ見えてくるんです。ライブが定期的にあって、音楽番組に出て、その中でどううまく自分を表現していくのかもわかってきて。1年目より7年目のほうが、断然うまくなっていく。
でもその感覚でまた新しい靴を履いて、それを履き潰そうと女優業をやってみたら、毎作品新鮮すぎて。現場にいるスタッフさんも共演者も毎回はじめましてですし、ラブコメをやっていて、その靴が履き慣れてきたなって思ったら、次はサスペンスでなにも通じない。歳を重ねれば、またやったことない役が出てきて新しい靴を履かなきゃいけないという繰り返しなんです。
今は、あのときの自分に言ってやりたいです。新しい靴を履き潰すことは、もう一生無理だよと。
― きっと毎回、靴ずれしたり大変ですね。
そうならないように靴箱に仕舞っては出して、一生懸命慣らしていきたいです。
Profile _ 若月佑美(わかつき・ゆみ)
1994年、静岡県出身。’11年、乃木坂46の1期生オーディションに合格。‘18年11月に同グループを卒業。現在は女優として映画・ドラマを中心に活躍。ドラマでは、『今日から俺は!!』(日本テレビ)、『私の家政夫ナギサさん』(TBS)、『共演NG』(テレビ東京)などに出演。映画でも『ヲタクに恋は難しい』、『今日から俺は!!劇場版』など、出演作多数。‘20年、オンラインサロン『未開発区域』を開設。9月に2nd写真集『アンド チョコレート』発売。‘22年、ドラマ『invert 城塚翡翠 倒叙集』(日本テレビ)、Netflix映画『桜のような僕の恋人』、映画『劇場版ラジエーションハウス』、映画『ブラックナイトパレード』などに出演。舞台『薔薇王の葬列』ではリチャード役で主演を務めた。 また、二科展にて通算9回入選し、特選入賞するなど、アートにも才能を発揮している。‘23年、1月期はドラマ『ワタシってサバサバしてるから』(NHK総合)、ドラマ『星降る夜に』(テレビ朝日)に出演。4月からはドラマ『王様に捧ぐ薬指』(TBS)に出演。
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one-piece dress ¥53,900 / double standard clothing , shoes ¥8,690 / ASHINAGAOJISAN
Information
1st フォトエッセイ『履きなれない靴を履き潰すまで』
2023年6月27日(火)発売
著者:若月佑美
出版社:扶桑社
定価:1,980円
- Photography : Mayumi Koshiishi
- Styling : Yui Kuranoshita(commune ltd.,)
- Hair&Make-up : Shiori Nagata(Nous)
- Art Director : Kazuaki Hayashi(QUI)
- Text&Edit : Yusuke Takayama(QUI)