「Synthetic Natures もつれあう世界:AIと生命の現在地 ソフィア クレスポ / エンタングルド アザーズ」――未知と既視感のあいだへ
リスボンを拠点に活動するアーティスト、ソフィア クレスポと、ノルウェー出身のアーティスト/研究者であるフェイレカン マコーミックと結成するデュオ、エンタングルド アザーズが本展に参加する。
ソフィア クレスポは、人工知能(AI)と生命科学の融合から独自の詩学を築いてきた。ニューラルネットワークを通して生成されるイメージは、虫の翅(はね)や植物の胞子、深海のクラゲのような形をしながら、どこか既視感を抱かせる。それは実際には存在しない、“Synthetic Natures(人工的に構築された自然像)” として立ち上がり、観る者の感覚を揺さぶる。
さらに、2020年にマコーミックと結成したエンタングルド アザーズでは、「エンタングルメント(もつれ合い)」という概念を軸に、人間と人間以外の存在との関係性を、データと想像力を駆使して再構築する。観測できない深海、システムとしての植物、非線形に変化するデジタル生態系――そうした存在の複雑な振る舞いを、ヴィジュアルによるシミュレーションとして提示するのが彼らの方法だ。
本展は、長谷川祐子が主宰する「Hasegawa Curation Lab.」とのコラボレーションシリーズ第2弾。次世代を担う若手キュレーターを起用する試みで、今回はキュラトリアル・コレクティブ「HB.」の共同代表である三宅敦大が担当する。 
本展で紹介される5つのシリーズ
《liquid strata: argomorphs(流動する海洋層:変態するアルゴフロート)》(2025)
水面から深海へとつながる海洋層をめぐるシリーズの最新作。タイトルの「Argomorphs」は、観測機器「Argo Float(アルゴフロート)」と「morphs(形態/変態)」を組み合わせた造語に由来する。
2000メートル以深の海は、まだ2%しか理解されていないと言われる。アルゴフロートはその暗闇に潜り、データや付着物を抱えて海上へと帰還する。本作では、その観測データをもとに生成された映像と、変容したアルゴフロートを思わせる彫刻が並ぶ。

《liquid strata: argomorphs》, 2025 © Entangled Others
映像には観測できた情報と、欠測による空白の両方が重ねられている。深海をめぐる科学の限界と、いまの技術が深海に迫りきれていない、その限界があらわになる。機械と生命が入り混じったような彫刻が不気味に呼吸をはじめ、人間やAIの想像力が、深海の見え方をそっと変えていく。
《self-contained(自己完結モデル)》(2023–2024)
デジタルイメージの遺伝子組み換えをシミュレートするシリーズ。遺伝子をデータセットに置き換え、類似する生物の映像素材を集め、ひとつの基点となるイメージに次々と付け足していくことで、実際には存在しない混成的な姿が生成される。

《self-contained 009.4》2023-2024, Entangled Others Art Singapore © Gazelli Art House,
展示には、遺伝子モデルを模した3Dプリントの彫刻もあり、その内部の金属製カプセルには、このシミュレーションシステムのDNAデータが保存されている。
デジタルデータと生命の構造が重なり合うことでイメージのもつれ合い(エンタングルメント)が生まれ、自然とテクノロジーを並列に捉える新たな視点を提示している。

《self-contained 009.x》, 2023-2024 Entangled Others © Coleccion SOLO
《specious upwellings(見せかけの湧昇)》(2022–2024)
深海から冷たく栄養豊富な水が海面近くへ押し上げられる「湧昇」と呼ばれる現象をテーマにしたシリーズ。地球全体を覆う海洋で発生し、生態系を支えるこの大きな運動を、さまざまなデータやイメージをもとにAIでビジュアライズしている。

《specious upwellings》, 2022-2024 © Entangled Others 《specious upwellings》detail, 2022-2024 © Entangled Others

《specious upwellings》, 2022-2024 © Entangled Others 《specious upwellings》detail, 2022-2024 © Entangled Others
スクリーンに浮かび上がるのは、多様な情報がもつれ合って生成される“未知の生き物のようなイメージ”。巨大な現象の全容をとらえようとするほどに、その複雑さの奥へ、まだ知覚できない広大な領域へと迷い込んでいく感覚が立ち上がる。
《Temporally Uncaptured(捉えきれなかったものたち)》(2023–2024)
科学史に残された微細な生命のドローイングなど、歴史的アーカイブをもとにそのライフサイクルや変化を可視化するシリーズ。ミクロな世界の時間的な連なりは全容を捉えるのが難しく、解釈は観測者や参照データによって揺らぐ。その不安定さこそが本作の主題となっている。

《Temporally Uncaptured》, 2023-2024 © Sofia Crespo

《Temporally Uncaptured》, 2023-2024 © Sofia Crespo
制作過程では、デジタルで生成したイメージを一度アナログ出力し、再びデータ化するという独特のプロセスをとる。サイアノタイプ(青写真)を用いた表現は、19世紀の植物学者で写真家のアンナ アトキンスに影響を受けたもの。自然の観測と記録がクラウド上の情報にまで広がった現在を映し出す。
《Artificial Natural History(人工自然史)》(2020–2025)
「存在しなかった自然史の本」をコンセプトに、現在進行形で続いている書籍とプリントのプロジェクト。18世紀の博物画家ルイ ルナールの魚類の彩色図をはじめとする、さまざまな博物図譜をデータセット化し、AIを用いて実在しない生物のイメージを生成している。

《Artificial Natural History》, 2020-2025 © Sofia Crespo
そこに立ち現れるのは、解読不能な記述や歪んだ姿をもつ“存在しない生命”たち。分類や体系化によって自然を理解しようとしてきた科学の枠組みを揺さぶりながら、自然界にはいまだ無数の未知と多様性が広がっていることを示している。AIを介して生み出されるこれらの像は、人間とAIの想像力が交差することで開かれるもうひとつの自然史を思わせる。
自然とテクノロジーの境界がほどける、その気配を確かめてほしい。
【プロフィール】

Photo by Filipa Aurélio
ソフィア クレスポ
1991年アルゼンチン生まれ、リスボン拠点。AIと生命の共生に着目し、《Neural Zoo》《Artificial Natural History》などを発表。カサ・バトリョでのプロジェクトや講演活動も行い、2025年ABSデジタルアート賞「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞。
Instagram:@sofiacrespo

Photo by Klemen Skočir
エンタングルド アザーズ
ソフィア クレスポとフェイレカン カークブライド マコーミックによるデュオ。2020年結成。データと想像力を用い、人間以外の存在との関係性を探求する。美術館や大学、公共空間で多数の発表を行う。
URL:https://entangledothers.studio/
Instagram:@entangledothers
【アーティスティックディレクター】
長谷川祐子
東京都現代美術館館長。これまでヴェネチア・ビエンナーレ日本館や上海ビエンナーレなど国際展を数多く手がけ、国内外で高い評価を得る。シャネル・ネクサス・ホールでは「Hasegawa Curation Lab.」を主宰し、本シリーズを牽引している。
【キュレーター】
三宅敦大(HB.共同代表)
1994年生まれ。東京藝術大学大学院修了。滋賀県立美術館学芸員を経て独立。空間体験としての展示を探究し、「滋賀の家展」「石と植物」などを企画。本シリーズ第2弾を担当。 
【開催情報】
展覧会名:Synthetic Natures もつれあう世界:AIと生命の現在地 ソフィア クレスポ / エンタングルド アザーズ
会期:2025年10月4日(土)から12月7日(日)まで
会場:シャネル・ネクサス・ホール(東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング 4F)
開館時間:11:00ー19:00(最終入場18:30)
※イベント開催時は変更あり。公式サイトを要確認。
観覧料:入場無料・予約不要
主催:シャネル・ネクサス・ホール
URL:nexushall.chanel.com/program/2025/synthetic-natures