選ばれているのは細部にまでストーリーが宿る服|ssstein × GARAGE D.EDIT
「妥協なき服作り」についてデザイナー自身はどう考えているのか。新しい才能を発掘し続けるバイヤーの目にはどう映っているのか。
<ssstein(シュタイン)>デザイナーの浅川喜一朗と阪急メンズ東京の「GARAGE D.EDIT(ガラージュD.エディット)」バイヤーの日比野智之に、あらゆる角度から疑問をぶつけてみた。
2016年㈱阪急阪神百貨店入社。関西の本店・支店のメンズ/レディースファッション部門で販売を経験し、2020年に阪急メンズ東京へ異動。2022年より現担当の自主編集売り場GARAGE D.EDITのバイヤーに就任。
1986年、山梨県生まれ。東京学芸大学を卒業後、一般会社勤めを経て東京・原宿のナイチチのショップスタッフに。2016年、自身の店であるキャロルを原宿にオープン。店の運営と平行して自身のブランド、シュタインをスタート。
<ssstein>から感じ取った「奥底に潜む静かなる情熱」

— 日比野さんは前回のインタビューで「ファッションはプロダクトとしてのクオリティが求められている」と話していました。そのような傾向に変化はありませんか。
日比野:お客さんが価値を感じるのは表層的な部分ではないというのは店頭に立っていて強く実感するところです。最初に惹かれるのはデザインやシルエットなどの見た目かもしれませんが、その素材や加工でしか表現できないような表情や色、そのパターンだからこそ生まれるシルエットの微妙な違いなど、もう一歩踏み込んだ価値を求めているのは変わらないですね。だからこそ僕自身もセレクトする上でブランドの想いとともに目には見えにくいクオリティまできちんと届けられるかを大事にしています。
— そのような傾向が生まれたのは職人気質なデザイナーが増えたことでお客さんの審美眼が鍛えられたのか、服好きの目が肥えてきたからデザイナーもそれに応えようとしているのか、何が要因なのでしょうか。
浅川:自分もそうですし、周囲を見ても感じるのはプレーンなアイテムであっても自分なりの表現や掘り方を追求しているデザイナーは増えています。作り手の動機としてはすごくシンプルで「せっかく作るんだったらいい服を届けたい」という気持ちだけです。
日比野:「自分が納得した上で服を選びたい」ということに尽きると思います。そういう方は目に見えているところだけではなく、テキスタイルや縫製の品質、さらにはモノづくりの背景まで「自分の琴線に触れてくること」を重要視しますから。

— 「GARAGE D.EDIT」では2025年秋冬コレクションから<ssstein>の取り扱いがスタートしますが日比野さんの琴線にはどのように触れてきたのでしょうか。
日比野:ミニマルなのにエレガントな雰囲気を醸し出すなどプロダクトについて魅力を挙げるとキリがないのですが、<ssstein>の奥底に潜む静かなる情熱を「GARAGE D.EDIT」のお客さんに届けたい、知ってほしいと思いました。
— 「奥底に潜む静かなる情熱」を日比野さんも感じ取ったということですね。
日比野:<ssstein>の展示会を訪れたのは2025年秋冬が初めてで、その時が浅川さんとも初対面でした。コレクションについて時間をかけて解説してもらいましたが、ひとつひとつのプロダクトに説得力があり「意思のあるブランド」だとあらためて感じました。
― 浅川さんとも初対面だった展示会で印象に残っていることはありますか。
日比野:浅川さんとはショップとブランドとの関係性についてお互いの考えを話しました。<ssstein>はずっと以前から注目していましたしお客さんの声としても多かったのですがトレンド感覚で始めることはしたくなかったんです。ショップとブランドは時間をかけて深い関係を築くことでいろいろな可能性が広がると僕は信じています。なので浅川さんにはショップを一緒に創り上げる、そして継続させることを大事にしていることを伝えましたし、「GARAGE D.EDIT」の現在地や役割を見極めて、ここ数シーズンは新しいブランドは展開していなかったこと、お取引させていただいている現行のブランドと向き合ってきたことで自信を持って成長できていると話しました。<ssstein>が現在お取引されているショップも、ゆっくり着実に良い関係性を積み上げてきたということを聞いて、そのマインドは勝手ながら一致していると思いました。

— 浅川さんはデザイナーでもあり「carol(キャロル)」というセレクトショップのオーナー兼バイヤーでもあります。阪急メンズからのオファーをどう受け止めましたか。
浅川:「carol」にしても<ssstein>にしても闇雲に大きくしたいのではなく、慎重に広げてきたつもりです。なので日比野さんの状況を見極めた上でブランドに声をかけるという姿勢には共感できました。クールに見えるんですがバイイングに対する熱量は高くて「日比野さんなら<ssstein>をお任せしたい」と思いました。「GARAGE D.EDIT」のブランドの打ち出し方は「carol」と近しいこともあり、僕と日比野さんは波長が合うような気がしています。
— バイヤーとしての浅川さんはどのようなブランドに惹かれることが多いですか。
浅川:ブランドの世界観を生み出すディレクションかもしれません。ビジュアルの作り方やルック、プロダクトの見せ方に惹かれて展示会に足を運ぶことが多いです。その展示会のムードやスタッフの対応によってブランドをさらに好きになったりすることもあります。もちろんセレクトとなれば服の完成度も重要視します。
日比野:「自分の服が大好き」というデザイナーのプレゼンテーションに圧倒されて、服からではなく作り手からブランドに興味を持ち始めることは僕もよくあります。
言葉はなくても成立するデザイナーとバイヤーの対話

— <ssstein>は「無から有へ。そのはざまを表現する」をコンセプトとしていますが「はざまの表現」とは具体的にどういうことなんでしょうか。
浅川:服でも写真でもアートでもベースとしてはミニマルで静謐なものが好きなのですが、その部分に固執している感じではないんです。ヴィンテージもクラシックも好きだし、モードも好きです。「いいな」と感じるものは様々ですが「このシーズンの表現の核はここだ!」というのがピンポイントであるんです。自分が美しいと感じる部分、表現してみたいという部分が、様々な要素の「はざまの部分」に存在しています。
— 「はざま」のなかで見つけ出す点はさまざまかもしれませんが、<ssstein>の服のムードは毎シーズン近しいように感じます。
浅川:そのシーズンでやりたいことは変わるのですが、自分たちの服作りの軸は変わらないからでしょうね。
日比野:インスピレーション源の落とし込みは感覚的なのかもしれませんが、明確な軸を持っていることは<ssstein>から感じていました。<ssstein>の服は醸し出す空気感というのは同じようでもプロダクトによって提案したいお客さんは異なります。<ssstein>を現在取り扱っているショップの客層やムードというのもそれぞれ異なるので、セレクトするアイテムはバイヤーごとにバラバラだと思います。
— ショップによってセレクトが異なるのは浅川さんも感じていることですか。
浅川:それはありますね。バイヤーごとの服の選び方、触り方を見るのは楽しいですよ。特に海外の展示会だと訪れてくれたバイヤーの情報を持っていないことが多いので、ひとつひとつの反応がすごく気になります。服と会話をしているかのようなバイヤーの様子を見て次のコレクションの構想が浮かぶこともあります。
日比野:バイヤーは試着して、生地に触れて、縫製や裏地も確認して、そうやって服と会話をしているという感覚はすごくわかります。直接言葉を交わさなくてもデザイナーとも通じ合うというか。

— <ssstein>のコレクションは写真家の作品からインスピレーションを得ることが多いそうですね。
浅川:純粋に僕が写真が好きだからです。特にフランスのファッション誌の『Purple』のファッションし過ぎていない写真のアプローチが好きです。すごく好きなポートレートの写真集もあって、それはモデルたちはポーズを決めているわけではなく、フォトグラファーもシーンを作り込んでいるわけではなく、ありのままの姿、場面を撮影しているんです。2025年秋冬のショーは自然光にこだわったのですが、それもその写真集から影響を受けています。
日比野:ショーは僕もパリで拝見しましたが外から差し込む自然の光にモデルたちが包まれて<ssstein>らしい静的な力強さを感じました。パリだからといってラディカルに演出しようとせずコレクション自体もすごく自然体で、素材やパターンの本来の良さが色濃く出ていたと思います。その中でも今季ならではの色のグラデーションだったりスタイリングが際立ち、ルックとして映える強さもあって、ショーの動きの中でそれが見られてとても良かったです。
浅川:柔らかく、細かい光の粒子がモデルたちに浸透していくことをイメージしたショーでした。真っ直ぐに突き刺さるような発信ではなく、ふわっとしているけれどちゃんと届いてくるようなムードを大切にしたかったんです。

— 2025年の秋冬は「resonance(レゾナンス)」がテーマでした。「共鳴」という意味だと思いますがどのようなことを意識したコレクションだったのでしょうか。
浅川:表現したい軸そのものは前のシーズンから大きくは変わっていません。意識し続けているのは「日常の優美さ」で、さっと気軽に羽織れるけれど、誰の目にもカッコよく映る。そんな服を作りたいというのが今の自分の気分なんです。「resonance」という言葉も最初からあったのではなく、服を作り続けていくうちに「自分たちがやりたいことを言語化するなら」と出てきたものです。
日比野:「日常の優美さ」にフォーカスしていることはショーを観る前に会場で知ったのですが、それを事前に聞いていなかったとしても感じ取っただろうなと思います。スタイリングのレイヤードなどはカッコいいんですが雰囲気はすごくナチュラルでした。ファッション好きは自分らしさを大切にしていると思うのですが、<ssstein>はどんなスタイルの人にも自然に寄り添ってくれるところも魅力だと思います。例えば特徴のひとつであるオーバーなサイジングもトレンドとしてでなく<ssstein>の美しさを表現する上でのパターンだからこそ、その人のスタイルとのコントラストだったり、空気を含んだ様子というものに感動してもらえるんだと思います。

説明できないような感動が押し寄せるのが「いい服」
— 浅川さんのエピソードで好きなのが、見た目は同じなのにしっくりくるシャツとこないシャツがある。その理由を解明するために分解したという話です。
浅川:バラバラにしてわかったのは縫製のための糸の素材も縫製の順番もパーツの組み合わせ方も違っていたことです。ちょっとした違いだけなのに着心地などには大きな差が生まれるというのは驚きでした。<ssstein>が細部まで詰めていく服作りを実践しているのは、その分解からの学びによるものです。
— 日比野さんもセレクトの際は服の細部にまで目を光らせますか。
日比野:もちろん意識はしています。ただ僕は服作りの現場は目にしていないし、工程も知らないので、どこまで手間をかけているのかはデザイナーとの対話から得るようにしています。それを接客の際には必ず伝えます。先ほどの浅川さんのシャツの話のように、同じに見えるけれど何が違うのかをちゃんと知りたいというお客さんは多いです。

— これからデザイナーズブランドに求められる資質や役割ってなんだと思いますか。
日比野:オンラインやSNSが普及し、いろんな情報へのアクセスができたり、発信できるようになったことで、ファッションという文化が広がっている面ではいいことだなと思います。ただ一方で、洋服を作ること、ブランドを作ること自体が容易になり、ファッションというものが同質化してしまっている面があるのも事実で、見た目は同じようでも人の手で作ることへのこだわりであったり、哲学や背景があることは真似されない、真似できない部分なので積み重ねることでしか提供できない価値を追求することは大事な気がします。その服作りに懸ける情熱をどう届けるかはデザイナー自らが発信してもいいでしょうし、逆に匿名性を貫いて服だけを見てもらうことでブランドの魅力を純粋に伝えることもできるので、スタイルはそれぞれだとは思います。
浅川:僕も「<ssstein>はこういうスタンスでありたい」と決めているわけではないですし、ブランドやデザイナーがそれぞれのスタイルを守り続ければいいという考えです。どういうスタイルが今の時代っぽいとかもあまりないような気がしますし、デザイナーズブランドはこうあるべきというのもないと思います。
— それでも残っていくブランド、選ばれ続けるブランドというのはあって、お二人はその条件はなんだと思いますか。
日比野:服だけでなく、ストーリーまで愛されるブランドでしょうか。自分たちのモノづくりと真摯に向き合っているブランドは選ばれ続けると思います。
浅川:「残っていく」というよりも、服からもデザイナーからも並々ならぬ熱量を感じるブランドは「残していきたい」と強く思います。自分たちのモノづくりの想いを服で表現できて、お客さんにきちんと届けることができるチームには残ってほしいです。そういうブランドを引き上げるのもバイヤーの重要な役割です。
日比野:浅川さんがおっしゃったような視点でこちらがセレクトしたブランドをきちんと理解してくれるお客さんが「GARAGE D.EDIT」には多いような気がします。

— 「carol」のお客さんはどうですか。
浅川:「carol」のオンラインストアでは<ssstein>は取り扱っていないのですが、それは店頭で実際に見て、触れて、着用してほしいからなんです。「この生地だから、この色の深み」、「このパターンだから、このシルエット」という自分たちのこだわりをリアルに感じてほしい。そういう想いはお客さんに伝わっていると思います。
— 最後の質問ですが、お二人が「いい服と出会えた」と思うのはどんなときですか。
日比野:個人的にはどこで出会ったか、誰が出会いを導いてくれたかというのも重要だと思います。ショップスタッフとの対話があって、その時間が自分にとって心地よくて、納得して選べたら「いい服と出会えた」と思える瞬間です。それがセレクトショップの存在意義のひとつだと僕は思います。
— バイヤーである日比野さんらしい答えですね。浅川さんはデザイナー、バイヤー、オーナーといろんな視点がありそうです。
浅川:「ブランドからショップ、スタッフまで全てに価値を感じてもらってお客さんに服を届けたい」というのは「carol」のチームでよく話します。「いい服との出会い」で言えば、個人では圧倒的な感動が湧き上がるのがいい服ですし、デザイナーという立場ではちょっと嫉妬を感じるのがいい服です。どちらも僕に刺激とエネルギーを与えてくれます。
— 嫉妬というのはご自身でブランドをやるようになってから生まれた感情ですか。
浅川:そうですね。「なんでこんなに素敵な服を作れるんだろう」という感動です。自分の感情が揺さぶられたとしたら、その理由まで明確にしたいんです。そうして「自分もそんな服をつくれたら、届けられたら」と服作りのモチベーションにしています。
— 嫉妬といってもネガティブではないですね。
浅川:むしろ嫉妬するような服との出会いはうれしいですよ。「こんな発想があったのか」や「このテキスタイルをこう料理したのか」って感動の連続ですから。
日比野:なぜ自分の心が動いたのか言葉では説明できないけれど、とにかく感動が押し寄せてくる。それが「いい服」なんでしょうね。僕は接客する立場としてきちんと説明をしなければいけないのですが、「とにかく着てください。それで魅力がわかるはずです」としか言えないような服もあったりします。
浅川:僕も展示会では「とにかく着てください」とずっと言っています(笑)。
日比野:着たり、触れたりすることで言葉での説明以上に服の魅力やブランドの美学を感じ取ってくれるお客さんは本当に増えています。ブランドの本質的な魅力を届けることを自分の使命としているので、バイヤーとしてとてもやりがいのある時代になっているような気がしています。
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- Photograph : Toma Uchida
- Text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
- Edit : Yusuke Soejima(QUI)