「KHOKI の服を作る」という想いがチームをひとつにする|ブランドディレクター Koki
パーソナルな服を作りたかった仲間の集いが「KHOKI」の始まり
—これまでも質問されてきたとは思いますが、<KHOKI>はプロジェクトとしてスタートしたと聞いています。どんな風に始まったのでしょうか。
Koki:現在の<KHOKI>は僕を含めて6人のチームなのですが、スタート時は全員がそれぞれ別の会社で働いていたんです。会社での仕事とは別にパーソナルな服作り、モノづくりをやってみたいという同世代が集まったのが<KHOKI>だったんです。
—当時のメンバーは何歳ぐらいだったのでしょうか。
Koki:20代半ばでした。本業は忙しかったのですが日付が変わる頃に当時僕が住んでいた下北沢のアパートに集まって、明け方前に解散して、そのまま出勤ってことをやっていました。若かったからできたことです。
—まるで放課後の活動のようですね。
Koki:若かったから全員が服作りにガツガツしていましたけど、だからといってのし上がるためにやっていたかといえばそうではなくて、続けていたのは純粋にものづくりが楽しかったからです。
—パーソナルな服作りが始まりだったということですが、販売も目的にしていたのでしょうか。
Koki:それぞれが好きに自由に作るというのが目的だったので、商業的なことは全く考えていませんでした。ですが初めての展示会が口コミで広まって、最終的にはショップのバイヤーさんまで見にくるようになったんです。ちなみに<KHOKI>というのはその時の展示会のために付けた名前で、ブランド名という意識もありませんでした。
—口コミはどんな感じで広がったんですか。
Koki:展示会の招待状を送ったのはメンバーのプライベートの友人、知人ばかりで、僕たちとしても身内だけにプロダクトを披露するつもりだったんです。それが招待した友人、知人がさらに自分の知り合いに展示会のことを教えて、その人たちも足を運んでくれて、そんな噂を聞きつけてバイヤーさんまで訪れてくれたんです。
—初めての展示会の期間中に起きたことですか?
Koki:そうです。展示会の期間は5日間でしたが、あっという間にいろんな人に広まっていった感じでした。
—わずか5日間で!
Koki:ありがたいことに最終日は結構なお客さんであふれかえっていました。
ブランドとしての覚悟が生んだ「クラフト」へのフォーカス
—<KHOKI>といえばアメリカンキルトやインドの職人による手縫いなど手仕事のイメージがありますが、そのようなトンマナはどのように形成されていったのでしょうか。
Koki:3シーズン目ぐらいからブランドとしての覚悟が強まり、世界観を確立させるために「<KHOKI>らしさ」みたいなものを考えるようになりました。そこから僕がディレクターとしてある程度の枠組みを作るようになりました。メンバー全員が手仕事や伝統的な技術が好きだったこともあって、「<KHOKI>としてクラフトをモダナイズしよう」となったんです。
—<KHOKI>の世界観を共有するためのひとつの軸が「クラフト」だったんですね。
Koki:ブランディングのようなことも最近になって確立されたものです。似たもの同士が集まって、ひとりひとりの好みや嗜好、個性を尊重するのが<KHOKI>なので全員を同じ方向に向かせようと考えたこともなかったです。ブランドディレクターというとある程度の決定権があるように思われるかもしれませんが、僕もデザイナーという歯車のひとつですからみんなと対等の立場です。
—「LVMHプライズ2024」ではセミファイナリストに選出されましたが、<KHOKI>としては趣味の延長だったものが大きくなりすぎたという感覚はあったのでしょうか。
Koki:<KHOKI>についてはファッションの表舞台にいきなり出てきたような印象があるみたいですが僕たちはやりたいこと、好きなことをコツコツと続けてきただけです。ブランドとしても順調に見えるかもしれませんが、失敗だってたくさんありましたよ。
—ファッション業界でもメディアでも<KHOKI>がどんどん大きく取り上げられるようになると、チーム内に浮ついた雰囲気のようなものは生まれませんでしたか。
Koki:僕は感じたことはないですね。「LVMHプライズ2024」にしてもセミファイナリストであって、それぐらいで浮ついても仕方ない。ブランドとしてやっていくならビジネスとしてシビアに数字のことも考えないといけないので調子に乗っている暇もないです。
—まだ若いので少しぐらい気持ちが大きくなっても仕方ないと思うのですが素晴らしいチームですね。
Koki:世の中からいろいろ評価されたとしても、「今回のメダルは自分一人の力で取った」と考えるメンバーはいないと思います。みんなで頑張って、みんなで苦楽を共にしたからこその<KHOKI>の評価だと思っているはずです。
モチベーションがずっと同じ仲間だから一緒にやっていける
—これも質問として多いとは思いますが、チームというスタイルのメリットやデメリットはなんでしょうか。
Koki:メンバーの個性を尊重しつつ、全員で同じ価値観を共有するのは難しいのではとよく言われます。でも一人のデザイナーが新しいコレクションのために脳みそを振り絞るよりも、意見が異なってもアイデアの引き出しが多い方がいいと僕は思っています。考え方はバラバラでもいいんです。<KHOKI>として何よりも大事にしているのは、プロダクトに懸ける想いや姿勢です。モチベーションが同じであればずっと一緒にやっていけますから。
—毎シーズンのコレクションの方向を決めるのも合議制のような感じですか。
Koki:ディレクターとして大まかなプランは僕が考えて、それに対してみんなの意見を汲み取っていく感じです。そこで「このアイテムはシルエットで戦う」となったら、パターンが得意なデザイナーにイニシアチブを与えます。僕にはない武器を持っているデザイナーのことを信頼しているので。
—チームの想いを託されるのはやり甲斐もありますがプレッシャーもありそうですね。
Koki:僕もコレクションの指針を決めるというミッションに対して、いつもプレッシャーと戦っています。全員がワクワクするようなプランを提示できなければ、自分の役割を果たしているとは言えないので。役割の数だけプレッシャーがあることを全員が理解しているからこそ、常に立場が対等なんです。「自分だけが大変な思いをしている」という不満は<KHOKI>にはないです。
—コレクションの方向性を共有したとしても、シーズンを任されたデザイナーのカラーによってテイストのばらつきが生まれたりすることはないんでしょうか。
Koki:多少のばらつきはあると思いますが、あっていいんじゃないでしょうか。ただ、どのシーズンでも<KHOKI>らしさからは逸脱はしていないと思っています。それはメンバー全員が自分のスキルを最大限に発揮して、個性を押し出したとしても「<KHOKI>の服を作る」ことを大前提としているからです。
—Kokiさんもひとりのデザイナーとして服をデザインされることもあると思いますが、個人とチームでのクリエーションの楽しさは異なりますか。
Koki:楽しさでいえばチームでのモノづくりの方が上ですね。「これって<KHOKI>らしいよね」ってメンバーでよく言い合うのですが、それはすごい楽しい瞬間ですよ。無意識でも全員の中に<KHOKI>らしいデザインやテイストが醸成されているわけですから。
ショーとアイテムは別進行だった2025年秋冬コレクション
この投稿をInstagramで見る
—QUIも<KHOKI>の2025年秋冬コレクションのショーを拝見したのですが、構想はどのようにスタートしたのでしょうか。
Koki:アイテムの構成を考える前からショーをやるということは決めていました。僕の頭には「ショーに来場してくれた方の感情を揺さぶりたい」というのがあって、そこから「夜の森」というシーンが浮かんだんです。
—感情を揺さぶるものとして「夜の森」を選んだのはどうしてですか。
Koki:人の心は「不安」や「怖さ」に支配されると感情が大きく揺さぶられるものですよね。僕が最も不安に感じる状況は一寸先は闇、その闇に何が潜んでいるかわからない「夜の森」だったんです。人工的なオフィスビルに落ち葉を敷き詰めたのは、自然の森そのままではなく退廃的な表現が<KHOKI>らしいと思ったからです。
—アイテムはショーの世界観に合わせて決まっていったのでしょうか。
Koki:僕はショーとアイテムは完全に切り離して考えていました。これまでの<KHOKI>は展示会がベースで、そこはコレクションだけを見てもらう場です。それがショーでやりたいことがあるから、アイテムをその世界観に寄せて作るというのは<KHOKI>の服が純粋に好きというファンを裏切るような行為に感じたんです。
—ショーを拝見した自分からすると会場の演出と発表されたコレクションが別進行だったとは思えないです。世界観としてひとつでしたから。
Koki:アイテムに関しては「レースを退色させてメンズらしく表現する」というアイデアが話し合いの中で出てきたんですが、その時点で僕の頭の中ではロマンチックでノスタルジックなレースの表情と夜の森を模した退廃的なオフィスビルがリンクしていました。でも、それは偶然です。
—ショーとアイテムが偶然にもリンクし始めたということですか。
Koki:極論ですがリンクしなくても良かったんです。リンクしなくてもショーもコレクションもそれぞれが成立する確信はありましたし、お互いを寄せ合おうとしていないのに偶発的につながることで<KHOKI>らしい新しさが生まれるとも思っていました。
—Kokiさんにとって2025年秋冬コレクションを象徴するアイテムはどれでしょうか。
Koki:落ち葉のモチーフをつなげた手染めのニットは思い入れがあります。ショーとアイテムは別進行だったとお話ししましたが例外もあって、夜の森を表現すること、落ち葉を装飾にすることが具体的になった時にショーの世界観をそのまま具現化したようなピースをひとつは作りたいと思ったんです。それがこのニットです。
—カットソーとレースを組み合わせたアイテムはスタイリングも含めて印象に残っています。
Koki:僕たちは古着やヴィンテージの引用を得意としているので、2025年秋冬コレクションの中では<KHOKI>らしさが表現されたアイテムとも言えます。
—レースで表現されているモチーフはまさに夜の森で目にする花や葉っぱのシルエットのようですが、これも偶然ですか?
Koki:そうですよ。あくまでレースをメンズウェアに落とし込むというアイデアから生まれたものです。最初に僕は「不安」や「怖さ」という感情から夜の森を連想したと言いましたが、ショーのストーリーを詰めていくうちに夜の森に対しても自然賛歌のようなポジティブな感情も生まれたんです。スタートと着地ではそういう心情の変化もありました。
—ツナギのドレスは中央でも上でも下でもなく、すごく不安定な位置にアイキャッチがあって目が離せなかったことを覚えています。
Koki:過去に同じようなテクニックで僕がテーラードジャケットを作ったことがあったんです。それをドレスに落とし込んだらおもしろいかもと担当のデザイナーと話し合って作ったものです。<KHOKI>はクラフトっぽいものがコレクションのメインになるので、そこに少し艶っぽいアイテムも加えたかったんです。
—Kokiさんはシーズンコレクションの舵取りもされていますが、ブランドとしての指針を示す役割でもあると思います。3年後、5年後の<KHOKI>は見えているのでしょうか。
Koki:ある程度は見えていますが、それは経営的な視点での未来です。クリエーションに関しては先のことは考えていないです。その時代ごとで常に新しいものを作っていきたいと思っているので、何年後かに発表するコレクションを今から想像しろと言われても無理なので。
—<KHOKI>のメンバーは今後増えていく可能性はありますか。
Koki:中途でも新卒でも増やしていくことは考えていますよ。もちろん抜けていくメンバーもいるかもしれません。これからもメンバーの素性は公開するつもりはありませんが、ずっと隠し通してほしいとも思っていません。誰かが独立をして自分のブランドを立ち上げた時に「以前は<KHOKI>でデザインしていた」と言ってほしい。それを胸を張って言ってくれるとしたら、僕としてはこんなうれしいことはないですね。
- Show Photograph : Kaito Chiba
- Movie & Exhibition Photograph : Toma Uchida
- text : Akinori Mukaino(BARK in STYLE)
- Edit : Yusuke Soejima(QUI)