世田谷美術館にて「横尾忠則 連画の河」が4月26日(土)より開催
様々な手法と様式を駆使し、多岐にわたるテーマの絵画を生み出し続ける破格の画家・横尾忠則(1936-)。1972年のニューヨーク近代美術館での個展開催など、早くから国際的な知名度を得てきた作家ですが、近年ではその息の長い驚異的な創造力が注目を集めている。
横尾忠則《連画の河を描く》2023年 作家蔵
2023年春、からだの衰えに淡々と応じつつ、テーマも決めずに大きなキャンバスに向かううち、横尾の「連歌」ならぬ「連画」制作が始まった。和歌の上の句と下の句を複数人で分担して詠みあうのが連歌だが、横尾は昨日の自作を他人の絵のように眺め、そこから今日の筆が導かれるままに描き、明日の自分=新たな他者に託して、思いもよらぬ世界がひらけるのを楽しんでいた。「連画」は、気づけば川の流れのなかにあった。遠い昔に郷里の川辺で同級生たちと撮った記念写真。そのイメージを起点に、横尾の筆は日々運ばれる。水は横尾の作品の重要なモチーフの一つだが、いま、その絵画世界は悠々とした大河となり、観客の前に現れる。さまざまなイメージが現れては消え、誰も見たことがないのになぜか懐かしくもある光景――生も死も等しく飲みこんで、「連画の河」は流れる。
150号を中心とする新作油彩画約60点に、関連作品やスケッチ等も加え、88歳の横尾忠則の現在が垣間見える。
「絵は、本当にわかりません。絵のほうが僕をどこかに連れていく。僕は、ただ描かされる。そのうち、こんなん出ましたんやけど、となる」
―横尾忠則(2023年6月)
横尾忠則 撮影:田島一成
横尾忠則/Yokoo Tadanori
現代美術家。1936年兵庫県生まれ。1972年にニューヨーク近代美術館で個展開催。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロの世界3大ビエンナーレに招待出品。アムステルダムのステデリック美術館、パリのカルティエ財団現代美術館、東京都現代美術館、東京国立博物館など、世界各国の美術館で多数の個展が開催される。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館が開館。2013年、香川県豊島に豊島横尾館が開館。2000年、ニューヨークアートディレクターズクラブ殿堂入り。2015年、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。2023年、文化功労者、日本芸術院会員となる。
著書には小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』など多数。作品はニューヨーク近代美術館、大英博物館など世界各国の主要美術館に収蔵されている。
横尾忠則《連画の河、タヒチに》2024年 作家蔵
本展のポイント
・誰もがどこかで見たことのあるモチーフ=記念写真、そして川。初めて見る絵なのに、懐かしい
横尾忠則が制作の際に好んで拾い上げるのは、多くの人がどこかで見かけているであろうイメージ。アトリエには新聞や雑誌からの切り抜き、あるいはインターネット上に漂っている画像のプリントアウトが散乱している。
本展の起点となったイメージは、1枚の記念写真。1970年に横尾が故郷の西脇(兵庫県)で同級生たちとともに収まるその写真は、篠山紀信が撮影したもので、その後22年を経て出た写真集『横尾忠則 記憶の遠近術』に収録された。序文は、1970年に自決した三島由紀夫が遺していた横尾論である。
因縁深きこの写真にインスピレーションを得て、横尾は1994年に《記憶の鎮魂歌》(横尾忠則現代美術館蔵)という大作を描いてるが、本展はこの作品から始まる。続く約60点の新作には、篠山の写真や《記憶の鎮魂歌》のイメージをはじめ、広告などに登場するまったく別のグループ写真、そして川や水にまつわる物語や絵画の画像など、複数の素材に由来するイメージが入れ代わり立ち代わり登場する。あらゆる記念写真は死者たちと出会うための窓になってゆくといえるし、川は古くから各地の文化で生者と死者の間にあるものとされてきた。初めて見るのにどこか懐かしく、ときには少し恐ろしい、生と死が等しく輝く作品との遭遇は、遠い記憶を手繰り寄せたくなるような鑑賞体験になるだろう。
・昨日の自分はもう他人――「連歌」ならぬ「連画」のゆくえを見守る楽しみ
一貫したアイデンティティから解放され、変幻自在な自己と出会い続けたい――横尾忠則が絵画制作をとおして長らく希求してきたことが、今回それは「連画」という遊びのかたちで試みられている。
他者の言葉を引き取りつつ歌を詠み、それをまた別の他者に託すという「連歌」を、絵画によって、しかもひとりだけで、続けることはできるのだろうか。昨日の自分を、本当に他人のように受けとめられるものだろうか。展覧会場にならぶ新作群からは、横尾が川の流れに身を任せるように、この問いをゆったりと楽しんだことが伝わってくる。悠々と流れる大河=連画のゆくえを、ほぼ制作されたとおりの順で追いかけ、見守る楽しみを味わえる展覧会である。
・鮮やかな色、震える筆触、変転するかたち。王道の「絵画」に向きあう快感を味わえる
長きにわたり、イメージの魔術師のような創造性を誇ってきた横尾忠則。古今東西の多様なイメージが見事な構成でコラージュされるところに作品の大きな魅力があるが、それを一貫して支えているのは自らの眼と手、つまり肉体をもって描くというシンプルこのうえない行為だ。そしてその行為を、気が遠くなるほどたくさん反復すること。
視力、聴力、腕力に脚力と、身体のさまざまな能力が衰えるなかでも、横尾の反復は88歳の現在も淡々と続いている。その日その時の肉体からしか生まれてこない色、筆触、かたちが、150号(約182×227㎝)を中心とする大きな画面に躍り、流れ、変化してゆく。王道をゆく「絵画」ならではの快感を、全身で味わえる展覧会である。
スケッチブック 作家蔵
「横尾忠則 連画の河」
会期:2025年4月26日(土)〜2025年6月22日(日)
会場 :世田谷美術館
住所 :157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
時間:午前10時~午後6時(入場は午後5時30分まで)
休館日:毎週月曜日 ただし、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館。5月7日(水)は休館
世田谷美術館 展覧会詳細ページ
Instagram:@setagayaartmuseum