本作は、ルネサンス期イングランドの作曲家トマス・タリスが作曲した宗教合唱曲『我、汝の他に望みなし Spem in alium』（通称「40声のモテット」）を素材に、40台のスピーカーを楕円形に配置し、それぞれから独立した声部を再生するインスタレーションだ。観客は展示室内を自由に移動しながら、立ち位置によって異なる音の層を聴くことができ、まるで音楽の「中」に入り込むような、没入的な体験が広がる。

音が前後左右から飛び交い、空間を彫刻のように立ち上げるその構成は、単なる音響作品の枠を超えて、視覚をも揺さぶるスケールを持つ。すべての声が重なる瞬間、観客は音の波に包まれるような感覚に浸ることになるだろう。

リドー・チャペル（カナダ国立美術館）での展示風景（2001年）Courtesy of the National Gallery of Canada.

聖ヨハネ教会（オーストリア、フェルトキルヒ）での 展示風景（2005年） Photo by Markus Tretter. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

ソールズベリー大聖堂聖歌隊による音源収録風景（2000年） Photo by Hugo Glendinning. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

《40声のモテット》は2001年の初公開以降、世界中の美術館やフェスティバルで展示され続け、日本では2009年（銀座メゾンエルメスフォーラム）、2010年（サントリーミュージアム天保山）、2013年（あいちトリエンナーレ2013）で披露されたが、それ以降、国内での展示は実に10年以上ぶりとなる。

長崎県美術館では、本作1点のみを展示。展示室は天井高5.8メートルを誇り、北向きの大窓からは長崎港の風景が広がる。美術と音楽、そして風景が交錯するこの空間で、訪れる者はかつてない「音の彫刻」を体感することになる。

カーディフは「観客に、歌い手たちの位置から音楽を体験してほしい」と語る。伝統的な聴取の枠を解体し、観客自身が音の構造に触れながら、作品と対話する新しい音楽体験がそこにある。

この空間に立ち上がるのは、音そのものが築く見えない建築。長崎の海を背景に、40の声が織りなす壮麗な瞬間を、ぜひ現地で体感してほしい。

【作品データ】
ジャネット・カーディフ《40声のモテット》2001年

40台のスピーカーとスタンドおよびコンピュータを用いたオーディオインスタレーション
14分のループ（楽曲11分、会話3分）

ジャネット・カーディフの《40声のモテット》は、もとはフィールド・アート・プロジェクツにより、アーツ・カウンシル・イングランド、カナダ・ハウス、ソールズベリー・フェスティバル、ソールズベリー大聖堂合唱団、バルチック・ゲーツヘッド、ニュー・アートギャラリー・ウォルソル、ナウ・フェスティバル・ノッティンガムと共同で制作された作品

【プロフィール】

ジャネット・カーディフ（スイス、トゥールガウ州立美術館にて、2002年）Photo by Stephan Rohner. Courtesy of the artist and Luhring Augustine, New York / Fraenkel Gallery, San Francisco / Gallery Koyanagi, Tokyo.

ジャネット・カーディフ（1957年生まれ）は、カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州を拠点とするアーティスト。2001年にジョージ・ビュレス・ミラーとの共作でヴェネツィア・ビエンナーレのカナダ代表を務め特別賞を受賞。音響とメディアを駆使したインスタレーションで国際的に高く評価されている。日本では、ベネッセアートサイト直島での常設展示《ストーム・ハウス》（2010–2021年）、国立国際美術館の《大阪シンフォニー》（2018年）などで知られる。
Instagram：@janetcardiff

【開催情報】
展覧会名：ジャネット・カーディフ《40声のモテット》
会期：2025年10月17日（金）～11月16日（日）
会場：長崎県美術館 企画展示室
開館時間：10:00～20:00（最終入場は19:30）
休館日：10月27日（月）、11月10日（月）
観覧料：
一般 1,000円（前売・団体800円）
大学生・70歳以上 800円（前売・団体600円）
高校生以下 無料
※（ ）内は前売りおよび15名以上の団体料金
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、障害福祉サービス受給者証、
地域相談支援受給者証、特定疾患医療受給者証、特定医療費（指定難病）医療受給者証、
先天性血液凝固因子障害等医療受給者証、小児慢性特定疾病医療受給者証の提示者および介護者1名は5割減額
※本展観覧券でコレクション展も入場可
※当日に限り再入場可
URL：https://www.nagasaki-museum.jp/
Instagram：@nagasaki_museum