平野泰子、鍵岡リグレアンヌ、亀川果野によるグループ展「Emanating Traces」、MAKI Gallery(天王洲)で開催中
本展に並ぶ3人の作家による作品は、いずれも具体的なモチーフを持たず、絵画を成り立たせる形、構図、色彩といった本質的な要素が際立っている。特定の解釈に意味を固定されることを拒み、偶然性に導かれながら空間的な奥行きを生み出す。それらの絵画は、合理性や論理を超えて、私たちの記憶や感覚に深く働きかける。
平野泰子は、絵画の平面性という限界を、風景の「型」によって拡張する。膠と石膏による下地の上に三原色を重ねるという独自の手法によって、記憶や感覚の中の風景が浮かび上がる。平野は「描く行為が進んでいく中で、内部世界へ向かう感覚や新たな次元への変化が生まれる。想起される記憶や風景は、時間が逆行するようにして届き、『あったかもしれない』可能性に向かって広がる」と語っている。過去や未来をつなぐように描かれた筆跡は、理性を超えて浮かび上がる何かの気配にそっと触れる。

平野泰子, Signs 2504, 2025, oil, plaster, and animal glue on canvas stretched over wood panel, 227.3 x 181.8 cm
鍵岡リグレアンヌは、水面をモチーフに、具象が一瞬にして抽象へと転じる瞬間をとらえる。本展では「Figure」シリーズのドローイングが出品され、人物像が、人物同士あるいは風景と交わりながら、抽象化していく様が描かれている。とりわけ「Pair」シリーズでは、人物を二体に限定することで形の関係性を探求し、そこから鑑賞者の想像と解釈の広がりを促している。彩度を抑えたドローイングの中に、彼女のこれまでの探究が鮮やかに刻まれている。

鍵岡リグレアンヌ, Figure-P drawing 1, 2025, ink and mixed media on panel, 80.3 x 116.7 cm
亀川果野は、言葉や文字の断片を描くという逆説的な手法で、言葉と絵画の関係性を再構築する。ひらがなをモチーフにした日本画作品は、意味を読むという欲求をそっと遠ざけ、見るという行為へと誘う。言語の力学に抵抗し、作品の中での対話や自分自身とのやりとり、そして他者との関係性においても、異なる考えを受け入れる寛容さをそっと提示している。胡粉や雲肌麻紙といった伝統的な素材が重なり合い、繊細なベールのようなテクスチャが感覚を揺さぶる。

亀川果野, 文字についての試行, 2022, mineral pigments and pen on kumohada hemp paper, 24.2 x 41.0 x 2.0 cm
見ること、感じること、そして言葉を越えること——その境界を軽やかに揺らす三者三様の実践に、静かで力強い共鳴が響いている。
【作家プロフィール】
平野泰子
1985年富山県生まれ。京都精華大学卒業。現在は神奈川県を拠点に、記憶や感覚に基づいた抽象的な風景表現を追求している。膠と石膏の下地に三原色を重ね、グレースケールを生み出す独自の技法を用いる。主な個展に「Sign」(日本橋三越、2025年)、「Gesture」(ARTDYNE、2024年)など。
Instagram:https://www.instagram.com/hirano_yasuko/
鍵岡リグレアンヌ
1987年神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院修了後、フランスでフレスコを学ぶ。現在は鎌倉を拠点に、水面の反射や岩肌をテーマに、グラフィートやコラージュを活かした絵画を制作。主な個展に「Undersurface」(MAKI Gallery、2024年)など。アーティゾン美術館に作品収蔵。
Instagram:https://www.instagram.com/annekagiokarigoulet/
亀川果野
1996年熊本県生まれ。広島市立大学大学院博士課程修了。日本画材とフェルトペンを組み合わせ、文字を絵画として再構築する手法を探究。ひらがなの形態と流動性に注目し、言葉とイメージの関係性を問う。主な個展に「Letter for images」(THE POOL、2022年)など。
Instagram:https://www.instagram.com/kano_kamegawa/
【開催情報】
展覧会名:Emanating Traces
会期:2025年8月23日(土)ー 9月27日(土)
会場:MAKI Gallery / 天王洲(東京都品川区東品川1-33-10)
開館時間:11:30–19:00
休館日:日曜・月曜
観覧料:無料
公式サイト:https://www.makigallery.com/