独創的な技法で作品制作を行うアーティスト市川孝典が個展「DELUSIONAL murmur(#003)」を開催
CHANEL、TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.などトップブランドとの協業でも知られる市川の本展覧会は、温度や太さなどで60種以上の線香を使い分け、下書き無しで和紙を焦がしながら描く「Scorch Paintings(線香画)」シリーズや、絵の具を重ね、色の積層を削り落とすことで下層のイメージを浮かび上がらせる「Scrape Works」シリーズを発表する大規模な個展となる。
市川のアートの冒険は、波乱万丈な思春期の中で安定を見出そうとする試みから始まった。
日本、アメリカ、ヨーロッパと移り住み、刻々と変化する環境の中で日常の記録をメモや落書きに記し始めた。習慣はやがて強迫的な欲求へと変化し、市川は自分の記憶を正確に描写することのできる完璧な素材と方法を探求し始める。その果てしない実験から、今回展示される2つのシリーズ、「Scorch Paintings(線香画)」と「Scrape Works」の技法が発見された。
「Scorch Paintings(線香画)」では、火のついた線香で和紙に焦げ跡をつけていく。
しかし、実作業に入る前に、市川は丁寧に時間をかけて頭の中で完全なイメージを作り上げてから、イメージを描き始める。「Scrape Works」でも、和紙にインクや水彩絵の具、アクリル絵具やパステルを重ねるという工程を経て、最後にその色の積層を削り落とすことで下層のイメージを浮かび上がらせるという重層的なプロセスを取っている。
こうしたプロセスによって生み出されたイメージは、苦悩に満ち、また少し暴力的でさえもある市川の制作を反映しており、そうした姿勢それ自体が市川の根底にあるコンセプトでもあるのだ。
自身の制作を「不安を安心に変える作業」と表現する市川は、何気ない日常の記憶が忘却することへの恐怖に対する不安を安心に変えていくために、記憶を作品にしてストックしていくサイクルを繰り返している。
市川の記憶や体験に基づいて作られた作品が鑑賞者によって補完され、変化していくことで「私と他者との少しの繋がりになり、私の安心となります」と市川は言う。「自分の記憶のなかの、目の端っこでみている、なんでもない日常の風景。”忘れた”っていうことも忘れちゃうモノ。儚いっていうか、苦しいっていうか、そういう何とも言えない不安な気持ちがあって、それをなんとなくモノとして残したかった。僕の記憶がモノになって、そのものがいろんな日常の記憶になって・・・それが循環すると、安心が増える。」
市川の作品には、私たちの人間的経験を形づくっている、もろく、儚い瞬間をとらえたいという市川の願いが映し出されている。市川は、市川にしかアクセスのできない主観的な過去を物理的に記録していくことで、自身の一部を世界に投影し、そのプロセスによって世界と自分を一体化させているのだ。
作家から本展に寄せて
古城に忍び込み泊まることを繰り返していた数ヶ月、毎日のように見ていた懐中電灯で照らされたヨーロッパの森。
10代の不安や好奇心や葛藤を懐中電灯に照らされた森を通して描いている。
忍び込んだ手付かずの古城の中では、もう使われていないシャンデリアを無意識に寝そべりながら懐中電灯で照らしていた。
そして祖父のコレクションの時計を何度もバラして、何度も組み直した。
動かない時計を作り出すのが好きだった。
人の抜け殻のようなvintageのジャケット。
確かにそこにいた人の痕跡を辿って気配を感じて服を通して人を描いた。
標本箱の昆虫やドライフラワー。
永遠の美しさを手に入れた昆虫や花を作品に焼き付けて生を感じた。
子供の頃に住んでいたジャズクラブの屋根裏。
演奏が始まると、寝ている私の横の壁に踊るように照らされていた管楽器の影。
時が経って自分が経験した気になっている好きな音楽、映画、小説、漫画、写真、他者の作品、雑誌、
ノイズの中に浮かび上がる映像などは私の偽りの記憶の体験として紙上に再現した。
展示されてるこれらのモチーフは全部バラバラで時間的な脈絡はない。
これらのモチーフのすべては、私が、そして鑑賞者の目の端でみていた何気ない日常に出会った私だけが忘れても良い事柄なんだ。
市川孝典
詳細
市川孝典「DELUSIONAL murmur(#003)」
日付:2024年2月10日(土)〜3月10日(日)
開館時間:12:00〜19:00(水〜日) ※月、火および展示会のない日は休館
場所:150-0001東京都渋谷区神宮前5-39-6 B1F
公式サイト:www.gallerycommon.com
About 市川孝典(いちかわ こうすけ)
主に紙を素材とし、メディウムとイメージ、実験的な技法を駆使して記憶の脆さと儚さを浮き彫りにすることで、移り行く世界の中で存在することの不安の表現を探求している。
13歳のとき、ニューヨークに移住し、アメリカやヨーロッパを旅し、さまざまな建築、音楽、美術に出会ったことが、アーティスト・画家として独立するきっかけとなった。帰国後も素材の研究と実験を続け、市川の代表作のひとつ、線香で和紙を焦がしてイメージを描く「Scorch Paintings(線香画)」シリーズを発表。ソーシャルメディアの画像を模した「Scrape Works」シリーズでは、同様のコンセプトから派生しつつも、絵の具を使い、レイヤー/スクレイピングのプロセスを用いることで、抽象的で掴みどころのない記憶の本質を素材を通して表現する方法を探求し続けている。
最近の展覧会は、VINTAGE BROWN(PURPLE、京都、2023年)、murmur(A/D Gallery、東京、2022年)、TV(NADiff Gallery、東京、2022年)など。
About Gallery COMMON
2010年にen one tokyo, inc.によって設立され、現在共同設立者の新井暁がディレクターを務めるGallery COMMONは、原宿のストリートカルチャーを背景に国内外のアーティストやトレンドセッターがローカルシーンと交流するための親密なスペースとして誕生した。原宿の独特なエネルギーを育むため、原宿の中心部にギャラリーがあまりない頃から、アートを中心とした空間を同地に作り上げることの重要性を感じ、Gallery COMMONはオープンした。クリエイティブ・エージェンシーという異色の背景を元に、ファッションとアート、ストリートとコマーシャル、サブカルチャーとメインストリームという逆説的でありながらも互いに共生的な二者間のギャップを埋めることを目指している。今後も様々な国や分野にわたる著名または将来有望な現代アーティストと仕事をともにする傍ら、国内外のアートフェアやコラボレーションプロジェクトに参加していく。