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2019
12.13
FILM

夢との距離、東京の体温。映画『good people(グッドピープル)』

夢を掴むことは難しい。だが、同じように夢を捨てるのだって簡単じゃない。夢を追い続けるには少しばかり、自分と世界がよく見えるようになってしまったけれど、夢の捨て方が分からない。短編やミュージックビデオなどを手掛けてきた渋谷靖による初の長編『good people』は、すべてのそんな愛しい人々(good people)を優しく照らす映画だ。

巧妙な引き算による“映画的”な映画

シェフになる夢を諦めて無気力になっているビリー(ジェイ・ウェスト)、自分に自信が持てず海外の出版社で働く夢を手放そうとするミキ(今宿麻美)、理想の恋人と朝食にパンケーキを食べる日を夢見るケイレブ(ダンテ・カーヴァー)。それぞれがゴミ捨て場で夢のかけらを捨てるシーンから物語は始まる。国籍も価値観も異なる彼らが微妙な距離感でつながり、緩やかだが確かな絆を深めていく日々を描く。

2014年に日本映画として初めて「HOLLYWOOD FILM FESTIVAL」で上映された話題作『pancakes』が、タイトルを『good people』にあらため、5年の時を経て待望の国内上映を迎えた。監督は90年代にハリウッドで映像を学び、短編映画やCM、ミュージックビデオなど多数の映像作品を手掛けてきた渋谷靖。「上質でコンパクトな映画作り」という渋谷監督のコンセプト通りに、余計なものを極限まで削ぎ落とした作品になっている。

全編を通して台詞が少ないため、言葉だけを頼りに物語を追っていくと、やや説明不足に感じられるかもしれない。しかし、たとえばビリーとミキの距離を理解するには、撮影を担当した故・村上涼による光溢れる映像(彼の撮る映像は本当に美しく、台詞を排したビリーとミキのシーンは、どの瞬間を切り取っても完成された1枚の写真になる)と、上原ひろみの音楽(登場人物の心情に寄り添うように奏でられる彼女のピアノはあまりにも素晴らしすぎて、時折ストーリーへの集中力を欠いてしまうほどだ)があれば充分だ。むしろここでは台詞による説明は、野暮というものだろう。

映画『good people』では、台詞だけではなく、物語の結末を左右することになるビリーの行動に対するミキの最初のリアクションなど、本来ならば重要ないくつかのシーンそのものさえも、意図的にカットされている。それは決して鑑賞者を突き放すために空けられた距離ではなく、巧妙な引き算だ。台詞や映像に過度に依存してすべてを説明するのではなく、鑑賞者には自由な解釈と想像の余白が残されている。映画を構成する要素のうちの1つに依存することを避け、「見えていない時間」を含むすべての要素を丁寧に組み合わせることで1つの映画として全体を構成するという点で、『good people』は極めて“映画的”な映画であると言えるだろう。

 

ドラマチックじゃない、リアルな東京の体温

大抵の生活がそうであるように、映画『good people』では劇的なことはなにも起きない。特別な才能を与えられたわけでもないごく普通の人々が、東京の街で夢に向かい、特別な理由もないままなんとなく夢に背を向け、誰かと出会い、また静かに前を向いて生きていく日々が描かれている。

作中、何度か東京の街を見渡す映像が映し出され、まるでこの風景のどこかに、彼らが実在しているようにも思えてくる。もちろん彼らはいないのだが、少なくとも彼らと同じように、夢を捨てたのかそうでないのか、自分でもはっきり分からない人々が、東京にはたくさん暮らしている。

人生で経験することや向き合うことのほとんどは、そうするだけの明確な理由はないし、答えもない。退屈を抱えたビリーと、何度も失敗を繰り返すケイレブが、再び夢のかけらを拾うきっかけになったのは、自分以外の大切な誰かのために過ごした時間だった。誰かと出会い、誰かの力になりたいという思いからうまれた自分の行動が、いつのまにか自分の心を満たし、自分を勇気づけることにつながるのかもしれない。

映画の中の彼らがハッピーエンドを迎えたのかどうかは、彼ら本人にしか分からない。若者という言葉がだんだん似つかわしくなくなってくる彼らだが、映画が終わっても、きっと私たちと同じように日々迷い、そしてまた夢を手放す日がくるかもしれない。それでもやっぱり夢の捨て方が分からない彼らは、燃え残った退屈と後悔と焦燥とを抱えたまま、また大切な誰かと出会い、きっと前を向いていけるだろう。

Good luck, good people!

 

『good people』

 

新宿バルト9ほか全国で公開中

公式サイト

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